グラナ・グリアの榊さんからいただいた、前提の話
 close your eyes,



 柔らかい感触を夢に見た気がした。
 睡眠と覚醒の間のまどろみが心地良い。心地良かったのに、ブレイズは突然鋭く啼いた犬の声で目が覚めた。
 明るい室内が眩しくてたまらない。半開きの目を何度も閉じては開け、焦点を戻す。掛けられていたブランケットがずるりと落ち、膝掛けも半分滑り落ちた。
 毛布からちらりと見える本で、寝ぼけた頭が思い出す。ラーズグリーズではなくなって、養父の住む家にカークと戻ってきて、次に隊に組み込まれるまでのつかの間の休暇中だ。
 視界がはっきりしてくると、すぐそばでこちらをじっと見つめているカークの姿が見えた。黒のラブラドール・レトリバーは、それだけで否応なしにラーズグリーズを思い出す。
 その奥には養父の姿があった。実際に飛んでいるところを見たことはないが、過去には片羽の妖精と呼ばれるほどの有名な傭兵だったらしい。男に妖精も如何なものかとブレイズは思ったが。
「何……」
 目を擦ってブレイズはピクシーに問いかけた。養父は妙に慌てた様子で手を振る。
「いや! なんでもない。起こして悪かったな。カークも」
 きゅう、と鳴き声を挙げたカークがブレイズの寝ていたソファの脇に位置を変えた。未だに寝ぼけている義理の息子に、ピクシーが落ちてしまったブランケットを掛け直す。
「じゃあ、おやす……」
「ラリー」
 少し鋭く、ブレイズが名前を口にした。養父を父と呼んだことは数えるほどもない。いつも呼ぶ時は名前だ。
「なんだ?」
「さっきキスした?」
 問いかけた瞬間、ピクシーがバランスを崩してソファに雪崩こんだ。地味に痛い。
「……焦りすぎ」
「悪い……」
 上半身を起こすピクシーを見て、ぎゅっと夜着を掴む。
「なんでキスした?」
「俺はまだしたとは言ってな……」
「そんなに父が忘れられないのか」
 はっきりと口にした瞬間、ピクシーの顔からさっと感情が消えた。図星以外の何物でもなかった。呆然としているピクシーの胸倉を乱暴に掴んだ。
「アンタが自分で気付いているのか知らないが、アンタは俺の向こうの父を見ているんだ」
「ダリル」
 宥めるようなピクシーの声も殆ど聞こえていなかった。
 何年も……それこそ引き取られた時からずっと抱いて積もり積もった気持ちが、せき止めるものを失って氾濫していた。ブレイズ自身も少々驚くほどに。こんなに養父に突っかかることなどなかったし、こんなことを聞いたこともなかった。
 もう全て吐き出すまで止まらないといった風だった。
「ようやくはっきりした、父が好きだったんだろう! だから俺を探した。引き取った! だからキスしたんだ!」
「おい」
「父のことを、今でも想うんだろう!」
 ひと際大きく叫んだブレイズの声に、ピクシーが目を細める。困ったような表情だった。
「……思ってる。確かに、あいつを愛していた」
「アンタは父と俺を重ねて、俺を通して父に欲情したんだ」
「ああ」
「俺に優しくすることで父に優しくしたんだ」
「ああ」
「俺とキスすることで父とキスしたんだ。今度はなんだ? 俺と寝ることで父と寝た気になるのか?」
 初めて、ピクシーが平手を打とうと手を振り上げるところを見た。目は閉じなかった。
 ひゅんと風を切る音が響いて、そのまま頬を殴打する痛みを予想したというのに、ピクシーの手は寸前で止められていた。
 養父の顔を見上げる。あの困ったような顔が、苦痛に耐えるようなそれに変わっていた。
「……ああ。そうだ。断ち切ったつもりの気持ちが、今でも千切りきれずにいる。分かってる……」
 それを聞いて、ブレイズの眉根が寄せられる。いつもの敵意を映したようなそれではない。涙しそうなのを堪えていた。
「忘れろ。俺のことを代わりにして忘れろ。キスしたいならもっとすればいい。抱きたいなら抱かれてやる。父の名を呼びたいなら呼べ」
「そんなことをしたくて、引き取ったわけじゃない」
 ピクシーがゆっくりと首を横に振った。そんな顔を見たくなくて、ブレイズは彼の胸に額をくっつけた。
「……頼むよ」
 それは、自分のエゴでもあった。
 父への友情以上に、愛情や欲情を理由にしてくれたなら自分の気が収まったから。理由がほしかった。多少穢れていたほうが都合が良かった。
 ピクシーがぎゅっとブレイズを抱きしめた。ぼすんとソファに収まる。
 耳元で、聞き慣れない名を聞いた。実父の名だった。








理由がいるなら
open your eyes,