LARRY "PIXY" FOULKE, NOV 25 2005


 インタビュアー…確か名はトンプソンと言ったな。
 彼が去り、部屋は静けさを取り戻した。
 わざわざユージアの国境付近までやってくるとは、大した男だ。お世辞にも安全とは言えないこの近辺、下手をすれば命を落としかねないだろうに。
 それだけ、「サイファー」に惹かれたんだろうか。そう思えば、なぜか口元に笑みが浮かんだ。あの時のことを話したからか、記憶がいつもより鮮明に蘇る。
 今はどうしているんだろうか。もうあのFoxhoundには乗っていないのかも知れない。今俺が空の上ではなく、地上にいるのも、もしかすると飛べなくなったあいつへの、贖罪のつもりだったのかも知れない。
 ふと、カタンと戸口のあたりで音がした。
「今日は来客が多いな。入れよ」
 懐から煙草を取り出し、火をつけようと手をかざす。
 ぽとりと、その煙草が落ちた。火すら灯す前に。
「まだ生きてるか、相棒」
 その声はひどく穏やかで、ゆっくりとしたものだった。戸口の向こう側に、少し黒が混じった、薄灰色の髪が見える。それから青い目。
 最初は幻を見ているのかとすら、思った。凝視し、いつのまにか椅子を蹴飛ばして立ちあがっていた。
 一歩、部屋へと踏み行った「彼」に近寄り、かすかに震える手を伸ばす。髪に指が触れ、するりと落ちていく。
 何も変わらない。変わらなさすぎた。本当に、記憶の中からそのまま切りぬいたように、サイファーはそこにいた。
「サイファー…、お前、あの時と、何も変わらないな」
「そうか?」
 口元に、僅かな笑みが刻まれる。前言撤回。やはり変わった。
「別れを」
 髪に触れた俺の手に、彼の指先が触れた。
「あの時の、別れを。できなかったから、言いにきた」
「一人で来たのか?」
 言葉に、サイファーはちらりと後ろを見た。戸口のあたり、床に落ちている影に気付く。そこにいる人物を、想像する必要もない。そこにいるのはただ、一人だ。
「抱きしめてさせてくれ」
 願いに、こくりと彼は頷いた。最初に腰を抱き、そうして頭を抱き寄せる。体温はすこし高く、暖かかった。まるであの時のように。
 どれくらいそうしていただろう。恐らくはほんの僅かな時間だったが、俺には十二分に過ぎたものだった。戸口の向こうにいる、男が見える。やはりキーアだ。渋い、いい男になりやがった。
 身体を離すと、ぽつり、彼が呟いた。
「それから、ピクシー」
「なんだ、イヴァン」
 懐かしいTACネームに、本名で答えた。ほんの数回あったかないかの、その名前を呼ぶ行為。
 じっと、真剣なまなざしが見据えてくるから、目を逸らさなかった。
 彼が言う。
「俺は、お前にはやれない。けど代わりに、」
 青い目が瞬く。
「俺の息子を、やろうと思う」
「「……へっ?」」
 唐突な言葉に、戸口に立っていたキーアと俺の声が、綺麗な和音を奏でた。









 発進準備を終え、エンジンで震える機体の中、息をつく。
 その次に、コクピット内、少し右下に目を落とすと、そこには一枚の写真が貼られている。
 赤い髪は自分だ。隣にもう一つ、人影。
<<ブレイズ、離陸を許可する>>
 入った指示に、写真から目を離し、前方へ。ゆっくりと、MiG-31が動き始めた。








思い出と今とのあいだ
Auf Wiedersehen.