誰の参謀?

時間軸は1のブルーティッシュキャンプ(モナー大佐戦)の後


 セラが消え、雨が上がった。
 カルマ教会のあるサハスララへと向かうことと決め、各自一晩を装備や消耗品の整備に費やし、後は休息を取って万全の体調にすることになった。
 ヒートなどはすぐにでも飛び出しそうな勢いだったが、さすがにバロン・オメガは強敵であった。明らかに疲弊し消耗しているのは目に見えており、アルジラやゲイルの説得もあって彼も今はどこかの部屋で休んでいることだろう。
 ソーラーノイズがMAXなのを良いことに、大量のセルを売り払って弾丸や回復薬を多めに買い足す。なんとなくだが、もしかしたらもうジャンクヤードに戻れなくなるのではないか、という予感もあった。
 ベンダーから外に出ると、シエロが妙に真剣な顔をして立っていた。いつもと同じように腕組みをしている。
「シエロ?」
「あ、兄貴」
 声をかけると、それまでどうやらこちらには気づいていなかったのだろう、こちらを向いて頬を掻いた。
「いやー、とうとうニルヴァーナに行けると思ったらさ、なーんかそわそわしちまって」
「そわそわしてる、って様子じゃなかったが」
 目を瞬かせ、サーフは思ったままを言うと、痛いところを突かれたとでもいう風にシエロは驚いた顔を見せた。全く分かりやすい男である。
「……いやさ、ゲイルの奴……。一人でなんか考えこんでやんの」
「それは割といつものことだと思うけどな」
「そうなんだけど! なんつのかな、感傷に耽ってるってやつ?」
「感傷……」
 バロン・オメガの遺した言葉について、色々と思考を巡らせているのだろうか。あの男が遺した言葉はどれみもこれも不可解な部分が多かったが、決して嘘には思えなかった。ベック大佐だと己のことを語っていたが、ベックという名は記憶にないながらも、「大佐」という単語が何を示すのか、サーフは確かに「知って」いた。あれはトライブのような組織の中での階級を示す言葉だ。
「まあ……見てみりゃ分かるって。兄貴になら何か言うかもしんないしさあ」
「なら少し様子を見てこよう」
 無機質な廊下を進み、奥にある作戦室へと入ると、荒らされた時の傷跡を遺しながらも片された部屋の隅で、ゲイルが座っていた。
 その姿を見て、ばちりと電流めいたものがはしる。
 あれは、確かに「感傷」だ――。
 そしてすぐに閃いた。ルーパのことを考えているのだと。
 横顔はいつもの……感情が覚醒する前のゲイルのものと同一であるはずなのに、そこからは確かに憂いの感情を感じた。
 地下水道で倒したルーパを喰おうと言ったのは、ゲイルだった。アルジラは物言いたげだったがあえて黙り、他の面々もそれに倣った。ゲイルは終始無表情だったが、まだ表情に出すことに慣れていないのだろう。それはほんの少しだが、わかる。
 椅子代わりにしているコンテナの上に添えられた、ゲイルの左手にあるタグリングは一つだ。そこにある名はゲイルのものではなく、ルーパのものであることをサーフは知っている。死体を喰らったあの場所に、ゲイルのタグリングはそっと置かれているはずだ。
 供えるべき花もないからな、と小声で彼が呟いたのがあのとき聞こえたが、聞こえたことは黙っていた。
「……サーフ。そこにいたのか」
「ん、ああ……」
 ぼんやりとそんなことを考えていると、ゲイルの方がこちらに気づいた。
「どうした」
「シエロが心配していたから見に来た」
「心配? 何をだ」
「ゲイルが……感傷的だと」
 どう表現したらいいのか分からず、シエロの言葉をそのまま借りた。緑色の目を見せ、ゲイルが少し驚いたような気がした。相変わらず無表情ではあったが。
「バロン・オメガの証言したことを考えているのかと思っていた。けど違うな。ルーパのことを考えていたんだろ?」
「なぜ分かった?」
「なぜかと言われると困るけど。雰囲気、というか横顔を見ていたら……そう、思った」
 なんと曖昧な理由だろう。ゲイルのことだ。いつもの「理解不能だ」が出るかと思ったが、その口から出た言葉は予想外の言葉だった。
「なるほど。流石は俺の仕える男、か」
「……最初に気づいたのはシエロだ」
 自分を慕う弟分の心配顔を思い浮かべながら、そうサーフは言った。「そうだな」とゲイルが相づちを打つ。
「お前の言うとおりだ。ルーパの事を考えていた。見事な、男だったと」
「それだけか?」
 銀色の髪をくしゃりと掻き、少し苛立たしげにサーフは言った。
「俺は、ゲイルがいつ感情を持つかと思っていた。感情を持ったお前は、ずっとルーパのことを考えてる」
 大股でゲイルの側まで近寄り、タグリングのついた左腕の手首を掴んだ。
「ルーパは見事な男だった。同じトライブリーダーとして、畏敬の念を抱く。そして感謝する。俺たちの為に道を作り、己の部下を生かしたあの男を。だからお前がルーパを想うのも止めない」
 タグリングに唇が触れる。
「だが」
 そのリングを填めている中指をに少し歯を立てた。肉が食い込み、骨をしっかりと咬む。ややあって離したゲイルの指には、見事に歯形が残っていた。
「お前はエンブリオンの参謀だ。俺の、参謀だ。忘れるな」
「……珍しいことを言う」
「ソーラーノイズのせいさ。ゲイル、返事は」
 硬質な、曖昧な返答を許さないその言葉に、
「理解した。ボス」
 そう返事を返した。