近づく方法


「この、タラシめ」
 涙は流れていないが、それまでの癖でだろうか目頭を押さえる人修羅に、ライドウは首をかしげた。
「……そうか?」
「そうさ」
「先日鳴海さんと見に行ったキネマのせいかも知れないな」
 ぽつりと呟き、世話になっている探偵所所長の顔を思い浮かべる。思ったよりも大がかりな調査になってしまったが、彼はどうしているだろうか。
「キネマ? 映画のことか」
 人修羅は「まあいいか」と呟き、
「他には?」
 とさらに言った。
「え?」
「他にはどんなこと言ってたんだ? その映画……じゃない、キネマの中で」
「他には何も……。只……」
「ただ?」
「こうして頭を寄せて」
 人修羅の後頭部を引き寄せ、ライドウはこめかみに口づけを落とした。二度、三度。先日見たキネマ男優がしたように。まあ、それは女優相手ではあったが、この際細かいことを考えるのはやめようと思った。もはや常識の通ずる世界でもない。
「……それから?」
「それから……」
 こめかみから頬を辿り、唇に軽く触れた。驚かれはしなかった。寧ろこれからライドウがするだろうことを、すっかり解っているような目をしていた。
 この目。この目だ。敵として対峙したときは、強い赤や金色へと変じたこの目。今はただ、悲しそうな青と黒の混じった色をしているこの目。
 なんと魅力的で、慈しみたい気持ちになる目なのだろう。仲魔らが元人間の彼と信頼めいた感情を持つ理由も解る。同時に恨めしい気持ちも少しだが滲んできた。
 そっと顔の輪郭をなでることで、その瞳を撫でたように錯覚する。
 惹かれる。触れたことでどうしようもなく。
 キネマで見たシーンはここまでだった。だが後はこちらのほうが止まらなかった。唇を吸い、舌を絡ませれば人修羅も同じようにして応えた。
 そこから先は、どの感覚も現実味に溢れているとうのに、夢の中にいるような感覚だった。
 うつ伏せにさせた彼にのしかかり、イワクラの水でそこをほぐした。同性同士で行う性行為の方法はそこまで知識の中にはなかったが、だからといって止められない程勢いがついてしまっていた。それは恐らく相手も同じ事だ。
 発光し浮かび上がる入れ墨のようなものは、下履きを剥いだ皮膚の上にもしっかり存在していた。背中を腰のあたりから臀部まで撫でれば、控えめな声が部屋に響く。同時に、中を慣らす指が締め付けられた。
 びくりと震え、臀部を上げる彼のその様はひどく倒錯的で、それは人と悪魔の狭間にあるからなのだろうか。抜いた指が濡れたまま後孔の周りを撫でると、
「はや……く……っ」
 予想以上の甘い声が誘ってくる。
 本当にいいのか、など、聞こうと思ったのだ。本当は。
 だがかえって野暮だと思い直した。狙い定めて自身のそれを、ほぐしたそこにゆっくりと挿入すると、床についた彼の指に力が入るのが視界の隅に見える。
「……っついな」
「っは、あ……?」
「あつい……」
 挿れてしまうと思いの他余裕がなくなり、譫言にも近い小さな声でライドウは返した。
 悪魔に関する文献はいくつも呼んだことがある。中世の魔女らは、宴の際に悪魔と交わる代わりに、男根を模した道具を使ったという。悪魔らのそれは氷のように冷たい為、魔女らは交わるのを嫌がったという諸説が文献には残っていた。
 それが間違っているのか、あるいはまだ人の部分が残っているからなのか、彼の中は溶けるくらいに熱かった。
「なんでも、ない」
 人修羅のうなじから突き出す、黒い角のような突起に舌を這わせる。
「ひっ、ん!」
 とても無機質な突起物に見えるが、案外敏感な部位なのか鳴く彼が少し可愛くて、思うまま中を蹂躙していった。


「やっぱりお前、タラシだ」
「……そうか」
 ライドウの外套にくるまり、床の上で横になりながら人修羅がそう言った。あっさりと認めるライドウが少し面白くなかったのか、「認めるなよ……」と呆れを含んだ返事が続く。
「もういい」
 ごろりと寝返りを打ち、ライドウに背中を向ける人修羅をじっと眺めた。
 少しは、近づけただろうか。
 あれだけの仲魔が彼を信望している中、いつもどこか寂しげな気配を漂わせる彼に、少しは近づけただろうか。
「何か……イワクラの水でも調達しようか」
「……あれは嫌だ」
「ではそれ以外のものを。さすがにソーマは難しいが」
 言って立ち上がり、地下から上に出るとカグツチが相変わらずそこでは輝いていた。
 それに気配が一つ、二つ、……全部で五つ程。
 赤口葛葉の鍔を少し押し上げながらそれらを数え、そっと管を二つ取り出した。
「……私の友は休息中だ。御帰り願う」
 キュルキュルと管の封が緩む音が止むのと同時に、気配の主たち……悪魔らとの交戦が始まった。