「この辺り、自然の洞窟や風穴があるんだ」
白い髪をした学者が前を歩きながら、エルネストにそう告げた。
フォールゴウドのある、黒衣森は北部森林。一帯はなるべく自然に手を付けないような形で集落が築かれている。
『フォールゴウドの辺りで、最近何人かの山師が行方不明になっている。以前不審火があった地帯だ。調査に赴き、事実を確認してくれ』
移籍したばかりの双蛇党でエルネストが承った仕事の内容はこんなところだった。弓と槍、そして幻術の使い手は事欠かないものの、戦士の人手はまだまだ充分とは言えない。だからエルネストにさっそく白羽の矢が当たったらしい。
『術師を一人つける。君と同じように双蛇党に所属しながら冒険者として活動している先輩だ』
そう言うので北部森林へ続く門で待つと、約束の時間より少しだけ早く白い髪の学者がやってきた。
「やあ。始めまして。君がジェアンテル?」
旅慣れた様子の軽装。にっこり笑った彼は握手を求めて手を伸ばしてきた。
ミコッテの男だ。エレゼン男性の中でも高身長のエルネストからすると見下ろす形になる。その瞳孔は丸く、しかし話す唇から見え隠れする牙が彼をムーンキーパーだと知らしめてくる。
「僕はセロ。セロ・ナハシュ。昔、北部森林に住んでいたんだ」
「よろしくおねがいします。エルネストで構いません」
互いに失礼にならない程度に握手し、学者が「よろしく」と笑いかける。
昔住んでいただけあって、彼の道案内は的確だった。迷いなくフォールゴウドまで辿り着き、地形が複雑なアルダースプリングスへ入ってゆく。
「不審火があったところも知ってるよ。民家があったんだ」
かつてイシュガルドから出たころ、通ったことがある道とは逆。アルダースプリングスを南下して、山師たちが使っている洞窟を横目に巨大な木の根の間を掻き分けていく。山師たちは避難させているのか、人一人見当たらなかった。
「ひどい地形ですね」
初対面の相手をまだ測りかねて、エルネストは丁寧ながらもそんな感想を挙げた。
「霊災前はこんなんじゃなかったんだけどね。イシュガルドが一面緑だった頃は、ここらに湖畔もあってそりゃ見ごたえがある景色だったよ。フォールゴウドはまだなくて、ここにエメラルドの名を冠した集落だってあったけど、今はご覧の有様さ。岩ばっかりでさ」
「なるほど……」
緑のイシュガルドはよくよく知っている。それを失ったイシュガルドの民やエルネスト自身の忘れ難い想いも。あの頃イシュガルドに住んでいた者なら誰でも知っている。
先を往く学者がふと立ち止まった。
ぴくりとエルネストも顔を上げる。
学者が振り返ってエルネストを見ていた。「気付いたね?」そういう目だ。
人の気配を明らかに感じたのだ。辺りは岩肌ばかりであるのに。
頷く。
「先に行きます」
普段から鋭い目元を更に研ぎ澄ませて、エルネストが学者を腕で制す。頷いた同行者を背に、入り組んだ(としか言い様がない)岩肌に身を隠しながら少しずつ進んでゆく。
洞窟らしいものに誰かが入って行くのを見て、エルネストは眉を寄せた。そしてまた出てくると、比較的緩やかな坂道を登ってゆく。
(見失う!)
背にしている斧に手を掛けて、青年は不審者の跡を追った。
が、その後を追うために坂道を上がったところで、足元の岩肌が崩れ始め、駆け上がろうとすると余計足を取られて体勢を崩した。
「え、なに……!?」
完全に足場が崩れる! 掴んでいた斧を振って落下の勢いを少しでも和らげ、どさりと落ちた先は思いの外広い空間が広がっていた。自然の穴蔵かと思いきや、明らかに人工物らしき石畳や柱が連なり、何かの遺跡のようだった。
グリダニアのエーテライトプラザが広々と入りそうなくらいの空間だ。
エルネストが瞠目したのは、そこに散らばる数多の死体にだった。
身なりからして山師たちだ。同じように落ちてきたのだろうか。駆け寄って呼びかけるがぴくりともしない。
「は! やはりな!」
声は頭上からだ。エルネストは緑の髪を振りかざして真上を見た。
青年が落ちた穴から、誰かが顔を出している。
フード姿の男だ。同行してきた学者とは違う。少なくてもミコッテではないし、壮年の男だ。
「さしずめ双蛇の者か。そろそろ手配が入ると思っていたところだ」
「何者だ!」
「話す馬鹿がいるか。朽ちるがいい」
そら、と壮年の男が指した先、もやもやした黒い歪みが見える。
そしてそれらが辺りを漂っていたかと思うと、死体たちがのろのろと動き出した。
ヴォイドの妖異!
(よりにもよって……。やるしかない、が……)
斧を構えてエルネストは冷や汗をかいた。ヴォイドに関する俄の知識を引っ張り出してみる。自然的にだか人工的にだか分からないが、門と呼ばれるものを通ってこちら側へエーテルを食いに来た化け物ども。
そして物質を依り代にするということ。
(閉じなきゃまた来るってことだ……)
誰が、どう閉じる? あのフード男か? するわけがない。
あの男がどこの誰で目的も分からないが、話しぶりからして今回の一件と関係があるに違いない。このゲートを閉じる技術があるかもわからないし、そんな意思がありそうにはとても見えない。
そうなると同行者の学者の知識を借りるべきだろうか?
どちらにしろ、目の前のものをなぎ倒してあの学者と合流するのがいいだろう。だが、まるで学者から音沙汰がないとなると、既にさっきのフード男に襲われてる可能性だってある。
(くそ……あっちも無事だって信じるしかない!)
戦士が、斧を振りかざした。
動きは鈍いが、きりがない。死体を動けなくなるまで叩き落とすというのも後味が悪い。
最初は加減をしていたが、そのうち加減も効かなくなってくる。ぜえと息をついて、しかし斧は手放さないまま、ふらりとよろめいた。
片腕一本なくしたルガディンの山師……だったものが、ピッケルを手に飛びかかってくるのを、血糊がついてすっかり切れ味が鈍くなった斧が鈍器のように粉砕していった。
「ふふ」
笑い声が、聞こえたのだ。
若い男のもの。エルネストはすぐにぴんときた。
「セロさん!」
「やあ。大変だねえ」
先程はローブの男が覗いていた落下穴から、今度は学者のミコッテが覗いていた。
「引き上げてあげたいけどさ、まだ難しそうだねえ」
「巴術で掩護をくれないか!?」
「いやいや、きみはまだ大丈夫だよ。だって全然傷を負ってないじゃない。強いんだねえ」
頬杖をついて、ニコニコとセロは呑気なことを言う。
「ぜんぜん限界なんかじゃない。まあ頑張ってよ。見ていてあげるからさ」
ほら、次がくるよ。楽しそうにミコッテが指を指した。
妖異が乗り移れないほど死体たちを叩き潰したエルネストの元に、学者のミコッテが穴からロープを垂らした。
曰く、ロープの用意はあったのだが、岩肌ばかりで結びつける場所に難儀したそうだった。それはさておき、見物時間も長くはあった気がするのだが。
「ああ、上がるのはちょっと待って」
穴の上から、ミコッテがそう言って一度引っ込むと、ずりずり引きずる音をさせて穴から何かを突き落とした。
どさりと落ちてきたもの。あのフード姿の男だった。
エルネストは目を丸くさせる。男は既に事切れている。その姿を見ているうちに、ミコッテがするするとロープを伝い降りた。
「さて。異界の門も閉じておかないとね」
「出来るの?」
「術者の血があればね」
事も無げに言ったミコッテの学者が、エルネストにはさっぱり分からない術式や陣を描いていく。
まるで分からない呪文と共に、陣が光る。黒魔術師の使うようなものではないが、それでもヴォイドに通じるひび割れは少しずつ音もなく小さくなっていく。
それらを見守りながら思ったこと。様々あるそれらを、すっかり門を閉じ終わったミコッテにぶつけた。
「驚かないんだな」
「うん?」
「妖異が出たことも、この妙な風穴や死体……遺跡も、何もかも」
「ああ」
ミコッテは辺りを見回して、手を広げてくるりと回った。
「この辺りはゲルモラの遺跡が多く残ってるし、ヴォイドの亀裂も想像ついてるよ。風穴についても、ね」
足元の石を、ミコッテは蹴り転がした。
「なにしろここは、僕が小さい頃閉じ込められたところだったから」
「え……?」
「死の危機に瀕すればこそ、目覚める力もある。父の受け売りだけどね……問題は父がそれを実践するほど頭がおかしくなってたってこと!」
あは! と学者は笑った。エルネストは何を笑っていいのか分からなかった。ぜんぜん理解が追いつかない。
「そこらの魔物と一緒に落とされたりしたもんさ。それでも出してもらえるわけもなくてね。父は魔物と死に物狂いで戦って発揮する力や、成長する力があると思ってたみたいだけど、僕の意思なんて関係なくやらされてたわけだよ。そら、そこの壁に血痕があるでしょ?」
笑って彼が指さした先、確かに血痕らしき染みがある。
「たすけて、って僕が叩いた跡!」
あははと笑うミコッテの横で、エルネストは目頭を覆った。その様子を見て、ミコッテはきょとんとした顔をする。
「どうしたの?」
「なんて、非道い」
「そうかな?」
「だって、こんな場所にモンスターと……? 子どもにやらせることじゃないよ」
「きみ、いい人だな」
言葉とは裏腹に、学者は訝しげな目をした。少し考える素振りを見せて、懐から何か小さなカードを取り出す。
「気に入った。友達になってよ」
「友達?」
「そう。嫌?」
「いや、よろこんで」
カードを受け取ったエルネストが、そこに書かれている内容を読む。
「ヒューリ……?」
「そ! セロは偽名。双蛇所属なのは間違いないけどね」
騙した悪怯れも全く無く、ミコッテのヒューリが笑った。
「よろしくね」