しゅぞく【種族】

動物や植物で、同じ部類に属するもの。
同一言語・同質の文化を共有する比較的小さな民族的集団。部族。

『うすらハゲのくそ野郎が』
 突然の罵倒に、黒魔道士のルナはぎょっとした顔で召喚士のヒューリを見た。
「なんだね?」
 目の前のうすらハゲ、もとい依頼人は訝し気な顔をしていた。訝しんではいるものの、激昂している風ではない。
 それもそうか。ヒューリがたった今したばかりの罵倒は、古代アラグで広く使われていた古アラグ語だ。
 文学を好むルナも単純な単語なら分からないでもない。召喚士にとっては古アラグ語は慣れ親しんだそれである。あまりに流暢な罵倒すぎて、理解して驚くまでに少しの時間を要した。
 ウルダハの富豪商人にそんな古代語が通じるわけがない。
 これは彼の悪い性格だ。相手にわからない言葉で罵倒して、ほくそ笑む癖だ。
「いえ。喜んでお受けします」
 にこにことヒューリが言うと、ララフェルの富豪はふんと鼻を鳴らした。
「優秀な召喚士だと聞いていたが……全く先が思いやられるな」
 嫌味を言う富豪に、ヒューリはただただ笑っている。ルナはそれを冷や汗かきながら見ていた。


「助かりました」
 言葉の意味するところが解らず、ヒューリはぱちくりと目を瞬かせてルナを見た。
 今回、あの富豪から受けた依頼は彼の別荘の調査だった。
 いや、正確には彼の別荘地から出土したモノの調査である。
 召喚士であることを期待して受ける依頼にいくつかの種類はあるが、アラグの遺産はその一つであると言えた。
 つまり、出土したモノというのはアラグの建築物なのだ。それ自体はエオルゼアのあちこちに残っているが、好事家が大層好きな未知のトームストーンともなれば専門家が呼ばれるのも当然のことだった。呪術師ギルドを通じて受けた依頼を、ルナがヒューリの元に持ってくるのはよくあることだったが、神妙な顔つきと声音は単に協力してくれたことを示すようなものではない。
「何が」
「先に貴方がああ言っていなかったら、きっと俺が怒鳴りかかってた」
 エレゼンの青年というには彫りも浅い面で、ルナは言う。
 らしくないことを。ヒューリはそう思ったが、見た目通りの穏やかな普段の中に、激昂家の性質を備えているのを思い出したヒューリは少しだけ黙ってから言った。
「依頼人にくそ野郎って言って褒められるとは思わなかったよ」
 ウルダハから黒衣の森まで進んだ先。岩肌と森林の境目のような土地にある別荘地にたどり着く。立派な木製のロッジであったが、あまり使ってはいないのだろう。扉の窓枠には砂埃が積もっている。
 預かった鍵で中に入り、居間にあたる場所の一角を見る。
 出土した遺跡の端が見て取れる。床板を突き破っていた。裂け目から何か見えるが、人ひとり入るには少し狭い気もした。
「地層のズレか何かで脆くなったのかな。一部崩れてる」
「入れます?」
「うん。ロープ貸して」
 ルナが用意していたロープをしっかりと柱にくくりつけ、崩れた床下の端を乱暴にヒューリは蹴った。
 てきぱきと足の間にロープを潜らせ、肩にかけるようにして身体を括りつけると、蹴られて大きくなった穴へ懸垂下降で下っていく。
 さすがミコッテだ、とルナは感嘆の声をあげた。
 通路のような場所にするすると降り立ったヒューリは、四方を確認してルナに合図を送った。今のところ、かつて立ち入ったラグナロク級戦艦や博物船のような防衛機構が働く様子もない。
 それに何より、その二つほど物々しい雰囲気でもなかった。もっとこう、強いて言えば庶民じみている。
「ふむ」
 これは生活に使われていた住居なのかもしれない。壁は黒を基調としており、アラグ様式の文様も見られるが、そこまで複雑なものではなさそうだった。廊下にはいくつも扉が等間隔で並んでいるが、文様は扉に集約しているように見える。とはいえ、片側は行き止まりで片側は壁が崩れて埋まっているが。
 安全に配慮しながらゆっくりと降りてきたルナもまた、辺りを見て感嘆の吐息をつく。
「良かったですね。うれしいでしょ。綺麗に色々残っていそうだよ」
「まあね~」
「開くかな、扉」
「開くでしょ。別れたがらない女くらいしつこく電子制御系統が生きてる遺構ばかりだからね」
「言い方……」
 呆れたルナが頭を抱えている間に、壁の操作パネルのようなものにヒューリは手を触れた。
「ちょっと。大丈夫ですか勝手に触って」
「大丈夫大丈夫」
 パネルに手を翳し、ヒラヒラと振りながらヒューリは答えた。パネルは赤い色をチカチカと点滅するばかりで、一向に扉が開きそうな様子はない。
「うーん」
 首を傾げていたヒューリだったが、
「ねえ。杖用意しといて」
 そう言い終わるが早いか、自身も魔導書を開いて魔紋を奔らせた彼はイフリートを呼び出した。
「えっ」
 突然の召喚にルナは面食らった。ハッとして慌てて杖を出す。途端にイフリートから火のエーテルが集約しだし、ヒューリは本を片手に扉へそれをぶつける。
 ドン! と轟音が響いて辺りを揺らした。
 ひび割れた扉がガチャガチャと動いていたが、それが勢いよく開く。アジス・ラーなどのアラグ機構でよく見る防衛システムが飛び出してきた。
 なるほど、このために構えろと言っていたのか。
 察したルナが球型の防衛機構にサンダガを詠唱する。動きを鈍らせたシステムにファイガからのファイジャを見舞うと、宙を浮く球は浮力を失って地面へぼとりと落ちた。
「よし」
 満足げに言うヒューリの言葉を皮切りするかのように、立ち並ぶ部屋部屋の扉がガシャガシャと開いていった。
「ヒューリ君……わざとやったでしょ」
「うん。警報装置って書いてあった」
 なんでもない顔をして部屋に入って行くミコッテの後ろ姿を見て、ルナは依頼人に暴言を吐いたヒューリの様を思い出した。
 辛辣で純粋に驚いた。平時は陽気で人付き合いも上手く、たいていのことはするりとかわしてしまうのに。
『よりにもよってミコッテとは。獣臭い獣人じゃないか』
 確かに依頼人の富豪の発言はひどいものだったし、彼があんな言葉を吐かなければ我を忘れて罵倒したのはルナのほうだったのも嘘ではない。
 そりゃあ、とんでもない聖人だとも思っていないが……。
「ルナくん。いくつかトームストーンが出てきたから、かき集めて……」
 先に室内を物色していたヒューリが振り返り、完全に思考モードに入っていたルナに気づいて言葉を止めた。多分トームストーンが納められていたのであろう、壁と一体になった棚を前にして首を傾げる。
「ルナくん」
「あ。ごめん……」
「ううん。どしたの」
「依頼人とのことだけど」
「妙に引っ張るねえ」
 ただの四角い物体に青い布を張ったモノにヒューリは腰かけた。多分椅子なのだろうが、アラグ建築物のセンスは理解しがたい。
「ごめん」
「いいよ、別に。それで?」
「あんなに怒るのが意外で」
「へえ」
 淡々と宙に浮かぶだけのイフリートに「聞いた?」とヒューリは笑った。イフリート・エギは何も言わずに静かに漂っている。
「僕だって怒る時は怒るよ」
「それはそうだけど」
 手元にいくつかあるトームストーンを弄りながら、「ふむ」とミコッテの召喚士は考え込んだ。
 そして唇を開く。
「ララフェルはミコッテより知能が高い」
「そんなことは」
「古臭いながらも今も息づく一般論さ」
 強いて言えばそうかも、くらいの話。ルナの感覚だとそうだった。
 ミコッテの神秘学はララフェルの本草学と並んで錬金術に影響を与えた学問であるし、そこに優劣をつけられるほどの差異なんて感じられない。
 ただ、しかし。年配はそう答える人もいるかもしれない。
「ミコッテは偏屈なマイノリティだよ。種族性質のせいで未だに人口だって多くない。冒険者には多いから僕たちはそう感じないかもしれないけど」
「偏屈って」
「群れることも文化的なことも受け入れられない偏屈さ、その通りでしょ。グリダニアじゃ未だに嫌な顔されるし」
「でも貴方、双蛇党でしょう」
「まあね」
 文字が浮かぶトームストーンを眺めて、ヒューリは頷く。
「僕にも人間らしい感情はあるってことさ」
 いつも笑顔のミコッテはまた笑う。
 彼は多分、ミコッテであることを疎んでいる。
 だがそれ以上に、自身の種族に情もある。
(と、いうことなのかな……)
 それ以上を聞くのも憚られて、ルナはとりあえずそう結論付けた。必要以上に蒸し返しても多分利はない話題だ。
「ふふ」
 トームストーンを見て召喚士が目を細める。今度はルナが目を瞬かせた。
「なんです?」
「いや、アラグ人にもかわいいところがあったんだねえ。この記録、子どもの日記みたい」
「ええ……」
 何かの暗喩か、召喚士の洒落かと思ってルナは差し出されたトームストーンを取る。表面に映し出される光る文字は当然アラグ語で、拙く易しい文面はルナでも読み取れる。
 友達と遊んだこと、学んだこと、日常のささいで子どもじみた不満が読み取れる。
「ほんとだ……」
「こりゃ売りつける価値はあんまりないかもねえ。横取りするまでもなかったか」
「ちょっと」
「うそだよ。ま、依頼人への最終報告は任せるよ。僕はただの協力者だし、神の民たるエレゼンが報告するほうがよっぽどいいはずさ」
 にい、と笑って彼は言った。