ふぞろい【不揃い】

そろっていないこと。まちまちであること。数が足りないこと。また、そのさま。

 俺には好きな人がいる。
「カウントしまーす。15秒前」
 ひげ面に似つかわしくない優し気な表情のミッドランダーが言った。斧を構える、紛れもない戦士である。いや、この人じゃない。
「あ、持ってくる料理間違えちゃった。まいっか」
「ハァ!? それで勝ってもうれしくねーじゃん!」
「あはは。きみが負けることはまずないない。安心して」
「ぶっころすぞ!!」
 適当そうな召喚士とキレがちなモンクはどっちもミコッテ族。この人たちでもない。
「ンもぉー! ちゃんとやんないと石ぶつけちゃうわよ!」
 派手なピンク髪のミコッテが声を張り上げた。白魔導士の可愛い子だが、この人でもない。
「ナイトくんと学ちゃん見習いなさいよ!」
「お前もうるさい」
 ナイトに鋭く突っ込まれて、白魔導士は黙った。ルガディンの学者は既に展開戦術を完成させている。
 この人たちでもない。
 ちら、と斜め後ろでハープボウを構えている詩人を見遣る。
 ミッドランダーの青年だ。アイボリーとベージュの間のような髪色をしている。砂色というやつだ。
 その詩人が視線に気づいて、「チッ」と舌打ちをした。
「開始!」
 一斉に全員が動き出した。
 歌いだす詩人さんの姿はそれはもう美しくて、綺麗な歌声で、さすが俺の好きな人と両手で拍手を送りたいくらいだ。両手に槍さえ握ってなければ。
「コラァ! 竜!」
 モンクが叫ぶ。
「あ」
 完全に出遅れた俺は焦ってジャンプをしようとして、
「ああああ!!」
 そのまま間違えてイルーシブジャンプをキメてしまい、あっさり足場がない場所に落下していった。


「じゃ、解散~」
「お疲れ様でした」
「おつー」
「おつかれです」
 めいめいの挨拶と共にパーティが解散された。クガネの片隅にいる竜騎士と詩人の手には、それぞれ美しい青い石が入った掌サイズの像が握られている。ラクシュミを象った偶像だ。
 他のメンバーは別の場所にいるので、同じパーティで今ここにいるのは竜騎士と詩人だけだった。
「は~~……」
「詩人さん?」
 片手で額を抑えながら、詩人が深く息をついた。ミッドランダーの身長に合わせて、エレゼンの竜騎士は頭を下げながら様子を伺う。
「疲れた」
「詩人さん、頑張ってましたもんね」
「だいたいお前のせいだぞ」
 ぎろりと睨んだ詩人は、眉根をぎゅっと寄せていた。元々目つきが鋭いのもあって、なかなかの威圧感を放っているが、竜騎士は逆に頬を緩めた。
「ああ、怒ってる詩人さんもかわいいなあ」
「キメぇ」
 腹が立つエレゼンだ。だが詩人である自分と戦闘の相性がいいのも事実。協力的である。
 だからそのシナジーを利用してやる気持ちでパーティを組み始めたのは、もうどれくらい前になるだろうか。
 詩人が見上げてみると、整ったエレゼンの顔面が目に入る。
 黒髪は長く、エレゼンの中でもフォレスターと呼ばれる部類だが、エレゼンらしからぬ陽気さは心地よい。多少のバカも許容できるくらいには。
(あとはもうちょい普段からガチでやってくれたらいいんだけどな)
 そう思いながら、またため息をつく。竜騎士はそんな彼の想いを知ってか知らずか、笑いかけて話し出す。
「さっきも、ラクシュミに魅力される直前に猛者つけちゃったところ、可愛かったなあ」
「射られて情けない声あげてたくせに」
「愛の痛みと思えば耐えられますよ」
「マジで救われねえなテメエ」
 実力があるくせに、昼行燈のようにのらりくらりとしてしょっちゅう床を舐めている。その上この軽口。
 だが八人パーティを組むきっかけになったナイトは、この竜騎士を大いに評価している。あのナイトは正反対にベラベラとしゃべるようなタイプではないが、一目置いていることは伝わってくる。
 悔しいがそれは詩人も認めるところだった。だからこそ、なおさら普段からマトモに槍を揮ってほしいのだが。
「解ってくれて嬉しいですよ。それで……」
 エレゼンの竜騎士は、すっとヒューランの腰に腕を回した。夜叉装備のトゲトゲしい肩で相手を傷つけないよう、そっと胸に寄せる形だ。
「そろそろジルさんと体温を分け合いたいんですけれど。ずっと攻略に専念してご無沙汰ですよ」
「人が見てる。離れろ」
「嫌がらないのはいいってことでしょう?」
「俺に抵抗する労力を使わせんな」
「つれないなあ……。じゃあせめて親愛のキスでも……」
 引き寄せた身体、冷たい視線をものともせずに顔を近づける。と、その中でリンクパールが鳴った。
『アリスくん、ジルちゃん、エキルレいこお~~』
 陽気な召喚士の声がして、びくっと二人は身体を震わせた。ぱっと手を放す。
『行く』
『行きまーす』
 憮然とした顔で即答した詩人と、残念そうに苦笑する竜騎士はすぐさま飛んできたパーティ申請を承認した。
『やった~! マキちゃんも行くって。捕まえるからちょっと待っててくれる?』
『ごゆっくりどうぞ』
 返答をして、ふっと沈黙が落ちる。
「……俺、ジルさんと一緒に行動できてうれしいですよ」
 囁くくらいの小声で竜騎士のアリスティドが言った。
「手にしたのが槍で良かったとも思ってます。でないと貴方に近づくのが遅れてた」
「近づけなかったかも、とは言わねえんだ?」
 へっ、とわざと小ばかにしたようにジルが笑ってやると、真面目な顔でアリスティドは、
「それはないです」
 と、きっぱり否定した。
「あ、そ……」
 呆気に取られてそれだけジルが言うと、少し離れた身体を繋ぎとめるように竜騎士は手を引いた。
 貴人の手を取る騎士に少し似ている。
「ご理解いだたけましたら、口づけの光栄を今一度賜りたいのですが? 唇にするとエキルレに行きたくなくなりそうなので、せめて手に」
「さっきは未遂だけどな」
 そう前置きして、「許す」とジルが言うと、にっこりと笑うアリスティドの目は涼し気な顔だった。
 その涼しい色が、こういう時は獣性を見せる。
 捕られた手の指先に口づけが落ちる。
(騎士なんて上等なもんじゃねえな)
 マナーとして、手を取った貴人に口づけはしない。
(まあ俺も、そんな上等な人間じゃねえしな)
 そう胸中で呟いた。