KYRYA MINOS, In UPEO, 2040
画面をタッチすると、やや前時代的なカチカチという音と共に求めている情報が展開された。
――IVAN RODINA.
ペルカ戦争時、ウスティオ空軍第6航空師団第66飛行隊「ガルム隊」一番機として参加。TACネームはサイファー。
ベルカ戦争以前はオーシア空軍に在籍するも、突然姿を消し傭兵となる。
交戦したベルカ空軍のエースパイロットを余さず撃墜、さらにベルカ空軍が有した当時の最先端レーザー兵器「エクスキャリバー」を破壊。その圧倒的な戦闘力と判断力から円卓の鬼神 (The Demon Lord of the round table)と呼ばれた。
ベルカ戦争後は、クーデター組織「国境なき世界」の一員となったベルカ戦争時のガルム隊二番機を撃墜し、戦術核V2ミサイルの大気圏再突入を阻止する。
その後、ウスティオの国境付近にて飲食店を経営。突如行方不明となるが未だにその消息は判明していない。
ふうん、と思いつつもページを送る。が、情報はそこまでだった。仕方なく指がタッチパネル式の画面を叩く。ブラウザが元の検索画面を表示していた。
いわく、「歴史上のエースパイロット」。
ずらりと並ぶ歴戦パイロットの名前は、いくつか見覚えがある。カチ、カチと気になる名を開くと、その内容を見て首を傾げた。
環太平洋戦争でラーズグリーズの悪魔と呼ばれたパイロットも、大陸戦争でリボンつきの死神と呼ばれたパイロットもその後の行方が不明と書かれている。MIA(作戦行動中行方不明)ではない。戦闘中に消息不明になったわけではないのだ。
日常生活、あるいはそれに準ずる日々を送りながら消息不明になることが、果たしてどれくらいあるのだろうか。見えないピアノ線で絡んでいるような、どうにも収まりが悪い気持ちを抱えていると、目の前のモニターからベルが鳴った。
逡巡する。送信者はエリック……同僚であるSARF所属の三番機パイロットだ。年の頃も己と変わらない、まだ少年めいた面影すらある青年の顔を思い出す。
けれども。今日は彼の相手をしたい気分ではないのだ。
コール音を無視して、モニターに備えられているカメラの死角にあるベッドへ潜り込んだ。ポーンポーンというコール音が暫く続き、自分からは見えないが、モニターの中で勝手にウィンドウが開く音がした。
『あー……居ないのか』
エリックの声だ。電源を入れたまま留守にしていると、こうして勝手に動画メッセージ再生され、また録画される仕組みである。エリックはよく通る少し高い声でそのまま続けた。
『じゃいいけど、アレだ。お前がどういうつもりか知らないけど、UPEOで飛行機乗りでいたいんならパーク司令には逆らうなって』
UPEOは所謂国連の治安維持対策機構だ。その中でも特殊な航空部隊が、己やエリックの所属しているSARFである。パークというのはその指令の名だ。
今やユージア大陸は、国家という枠の存在する場所ではなかった。他国籍企業である、ニューコムとゼネラルリソース。この二社が政治から軍事にいたるまでの数々の影響力を持っているのである。
SARFも国連の特殊部隊と言えば聞こえはいいが、近頃まで国連の席に座っていた議員の殆どがゼネラルリソースの出身者であることから、殆どゼネラルリソースの代行状態になっていたのだった。
三年前に代表就任した議員がニューコムと強い繋がりを持っており、徐々に改革が進められている。それでも依然としてゼネラルリソースの影響力は大きい。
パーク指令に逆らう、と言っても大したことはしていない。一触即発のゼネラルリソースとニューコム、開戦すればSARFはゼネラルリソースのために動く可能性が大きい。実質軍隊を握っているのはパーク司令だからだ。
中立であるはずのSARFなのにと、ぽつりと漏らした一言がたまたまパーク司令の耳に入ってしまったのだ。それだけだ。
『ま、クラークソン派の連中の言ってる平和的な解決ってやり方でこの世界が守れるんなら、最初っからゼネラルにUPEOなんて要らないんだし。どっちにしてもただの飛行機乗りにゃ関係ない事だよ、そうだろ?』
軽く苦笑したエリックの声。すぐさま彼は言葉を続けた。
『じゃ、次の任務で……。あ……今度は、もうちょっと俺のサポートにも対応してくれよな。レナやフィーの機動のコピーばっかはやめとけ。俺の後ろはお前しかいないんだから』
じゃあな、と最後はそれで締めくくられ、ぷつんと受信と録画が完了した。
エリックの後ろには自分しかいない。なぜなら己が四番機だからだ。レナとフィーは一番機と二番機を繰るパイロットの名である。どちらも歳はそこまで変わらない。
彼女らの機動をコピーするのも限界なのだろう。先刻記録で見た歴代エースの飛び方を思い返す。と、またもコール音が響いた。やはり取り合う気はなく、放っておくと同じように勝手に起動と録画がされる。
『業務連絡を口頭で伝えます』
今度は女の声だ。若々しい女の声。フィーだ。
『正式な書面は追って電送されます。UPEO所属の搭乗員は、本日付けで無期限の待機命令。……ま、簡単に言えばかなり雲行きが怪しくなってきたって事。じゃ!』
彼女らしい台詞も交えての通達が終わり、早くも通信が終わる。ディスプレイも省エネモードに入り、元から暗かった部屋は唯一の光源をなくして真っ暗になった。
暗い部屋の中ではあるが、目が慣れてくれば物の輪郭程度は確認できる。寝転がったまま自分の右手を翳して見遣った。何の変哲もない普通の手だ。目立つ傷もほくろの類いもない。
無期限の待機命令か、と頭の中で反芻する。どうせそんなものがなくとも、孤児の自分はUPEOに入り浸りだ。帰る家はあるにはあるが、どちらかと言えば寝泊まりするだけの部屋である。それならば基地内の自室と何も変わらない。結果的に基地に常駐する形になってしまった。フィーが正式な書面を後回しにしたのも、それを知ってのことだろう。
濃くなる戦争の匂い。気が進まないな、と他人事のように思った。
決められてる空路
No consciousness.