ALLEN C HAMILTON, SEP 22 2010


「何を見ていらっしゃるんですか?」
 カメラを手にした男が、気付くとそこに立っていた。このサンド島のオーシア国防空軍基地まで取材にやってきた、カメラマンである。
 カメラマン―――ジュネットは純粋な好奇心からだろう、そう問いかけてきた。
 私は彼に移していた視線を、再び窓の外に向ける。
 ブラインドの隙間から、飛行機雲がいくつか尾を引いて、戦闘機が飛んで行くのが見えた。もっとも、ジュネットから見えるかどうかは、分からないが。
「ツバメだよ」



DARYL "BLAZE" RODINA, SEP 22 2010


 けっして珍しいことではないと思うが、俺には父も母もいない。
 二十一年生きてきた中で、実の両親とは一度も対面したことがない。名前も知らなければ、どんな人たちだったのか、とか、どこで知り合ったか、どうして生んだのか、なぜ俺は一度も会ったことがないのか。それらを何も知らない。
 物ごころつく頃には、身寄りがなかったため、当たり前のように施設で育った。
 正直言って協調性がない俺は、小さい頃から周りに馴染めない子供で、一人でいることも多かった。
 暇さえあれば空を眺め、それなりに努力して軍学校に入った。なぜ空軍に入ったかと言えば、育った施設の目と鼻の先に空軍基地があったからである。
 危険を伴おうが、悲しむ人というのが思いつかなかったし、空を飛ぶのならなってもいいと、思った。
「よーぅ」
 その日の演習が終わり、部屋に戻ろうとした俺の前に、長身の男が立っていた。
「ダヴィンポート少尉、通行の邪魔だ」
「あいっかわらず冷たいのな。俺を呼ぶならチョッパーだ、ほら」
「…チョッパー、邪魔だ」
「ブレイズよう、そんなに俺のことが嫌いか?」
 黒髪の男は、大仰な素振りで嘆いてみせた。自分と同じ少尉の、アルヴィン・H・ダヴィンポート。基地の人間はチョッパーと呼んでいる。根っからのロックンローラーだが、俺は音楽には興味がない。
 そのチョッパーが、少し距離を詰めて口を開いた。
「お前、今日の演習も手抜いてただろ」
「そう思ったのか?」
「半分はな」
 あとの半分は? と視線で問う。チョッパーは肩を竦ませた。
「我らが隊長が言ってたんだよ。あいつはいつも手を抜いてるってな」
「…お前には関係ないだろ」
「お前が墜ちなきゃな」
 眼を軽く閉じ、少し大袈裟に息をついて見せた。
「他に用は?」
「ハミルトン大尉がお前を呼んでくれってさ」
 その名前を聞き、眉が上がるのを自覚した。端正な顔立ちに金髪。涼しげな碧の瞳を思い出す。
「分かった」
 と、返答すると、
「先にもどっからな」
 ひらりと手を振り、廊下の奥に戻っていくチョッパーを見送り、すぐさまハミルトン大尉の私室に向かうべく、歩きだした。
 扉の前にあるプレートを確認し、ノックをしようと手が軽く拳をつくる。刹那、おもむろに扉が開き、男が一人姿を現した。
 ハミルトン大尉ではない。三十代ほどの、茶髪の男である。カメラを持ち、俺に気付くと笑い掛けてきた。笑い返すことはできなかったが。
 去っていくカメラマンと入れ違いで部屋に入ると、金髪が部屋の中で眩しく映る。
 ひとつ、敬礼。
「只今参りました」
「ご苦労、こちらへ」
 敬礼を解き、言われるまま近づく。ちらりと扉の方を見やりながら、
「今のは?」
「ここに取材に来ている、フリーのカメラマンだそうだよ。明日の演習で、バートレット大尉の後席に同乗することになった」
 それを黙って聞いていると、痛いくらいの静寂が落ちる。一気に空気が冷えて行くような感覚だ。
「もっとこちらへ。―――ああ、その前に」
 ハミルトン大尉が振りかえる。口の端がにやりと吊り上がり、
「鍵を」
 そう命令を追加した。








いびつな炎
It seems to be benumbed.