DARYL "BLAZE" RODINA, NOV 01 2010


 8492。8492。
 8492飛行隊。
 ほころびが時間をかけて次第に広がるように、その飛行隊を示す番号が頭の中を不安という形で蝕んでいく。
 別に、何もおかしなことはないはずだ。最初はそう思っていた。
<<連中は馬鹿正直に真正面から突っ込む。こんなのが戦争のやり方だ。だから嫌いなんだ>>
 イライラしはじめたチョッパーの声が耳に響いてくる。
 当然、かもしれない。チョッパーは優しい男だ。普段の言動こそあんな様子だが、戦争好きでもなければ傷つけあうことも好まない。軍隊に身を置いている理由を尋ねたことはないが、彼の性格を鑑みれば誰かを守るために違いなかった。
 チョッパーがイライラし始めたのは、この任務の通達がやってきた時からだ。
 陸軍と共にユークトバニアの本土に侵攻する作戦の、空からのバックアップミッションである。侵攻。侵略だ。
<<なんだって、大統領はこんな無謀な戦線拡大を許可したんだ。これじゃ泥沼だぜ>>
<<わかってる>>
<<わかってねえ! ……なあ、ブービー。あのときのミスター積荷はそうだったんだろう?>>
 そうだった。大統領なのだろう? ということか。こくりと頷いて見せたが、無線越しでは伝わるはずもない。
<<俺は信じてもいいと思ったんだぜ、大統領のあの言葉を。ちっくしょう、こんな腰抜けだったとはなあ>>
 先日、8492飛行隊に後を頼んだ時に聞いた、男の言葉を思い出す。ミスター積荷……オーシア大統領その人の言葉を。
 中立国で話し合うため。平和への橋をかけるため、これからノースポイントへ向かうのだと。話しあいはどうなったのだろう。
 イライラするのはこっちのほうだ。
 そう思いながら、支援要請を受けた地点に機銃を放った。



LARRY "PIXY" FOULKE, NOV 05 2010


 保留中に流れる呑気な音楽を聞きながら、膝の上でトントンと指を叩いた。
 息子がオーレッドにひと時でも戻ったと耳にし、すぐさま電話をかけたところだ。
 会いに行こうと思えば可能ではある。オーレッドは目と鼻の先だ。ただ、会いに行けば煙たがれるのは目に見えている。悲しい話しだが、年頃の子どもを持った父親というのはそういうものなのかも知れない。
『はい』
 受話器から聞こえた声に、耳をぴんと立てる。ああ、声だけを聞くと本当にあいつとそっくりだ。つい、あいつの名を呼びそうになることもある。
「ダリルか? 俺だ。首都に戻ったんだろう?」
『アンタか。どこで聞いたんだ』
「そりゃ秘密だ」
 呆れた声音にそう返すと、ため息が聞こえた。子供とのコミュニケーションというものは本当に難しいもんだ。
『任務で戻っただけだ。多分またすぐ、島か前線あたりに戻ることになる』
「そうか……」
 残念だと言いたげな俺の声に、暫くの沈黙で以てダリルは返した。ああくそ。やっぱり飛んでいって抱きしめてやりたい。
『ピクシー』
「ん?」
 突然呼ばれた懐かしい名に、俺はつい返事をした。ダリルがこのTACネームで俺を呼んだのは初めてだ。教えたこともないが、まあどこぞで知ったのだろう。
『アンタが父と戦った時、何を信じた?』
「……どうした?」
 真剣な質問に、思わずこちらも真剣に聞き返した。そこでまた沈黙が挟まれ、「ふむ」と俺は少し間を取った。
「難しいな。戦争の中じゃあ、信じるものを信じ抜くことは相当大変なもんだ。あの頃の俺も、理想と現実に挟まれてたからな」
『……そうか。わかった』
「おいまだ続きが」
『時間だ。じゃあな』
 がちゃん。遠慮なく受話器を下ろされた音が耳を貫き、俺は暫く困った顔をしているのを自覚しながら、自分の手の中にある受話器を眺めていた。
「……死ぬなよ」
 飛べなくなった相棒の姿が、目を閉じると息子と重なった。



DARYL "BLAZE" RODINA, NOV 05 2010


 首都に一時的でも戻された理由。
 それは俺たちの作戦空域内で、民間施設に発砲した隊がいたからだ。要するに疑われたのである。
 勿論俺たちではない。ウォードッグの誰も、そんな馬鹿げた行為はしていないし、あの時ジャミングで聴きとりにくかった無線の中、確かに聞いた言葉があった。

<<こちら8492リーダー。8492各機、予定の行動に移る>>

 そう、確かに8492と言った無線。グリムも聞いたと言っていたから間違いない。
 だがしかし、それを報告した時、衝撃的なことを耳にした。

「8492? わが軍にはそんな部隊番号をもつ飛行隊は、存在しないのだよ」

 まるで頭をハンマーで殴られたかのような衝撃だった。
 ならば、あの時輸送機を任せた隊は一体何だ? ハミルトン大尉の私室に、まるで隠すようにしまわれていた手紙の中にも、8492の文字があった。あれは何だ?
 確固たるイメージで俺の中に君臨していたハミルトン大尉。その姿がゆらりと揺らいだ。








信じることのむずかしさ
Believe me.