LARRY "PIXY" FOULKE, NOV 25 2010


「だからな……、おい聞いてるのか?」
 苛立たしげにペンを指先で回しながら、ピクシーは受話器の向こうにいう相手に問いかけた。
『聞いている。少しは落ち着け』
 耳に当てている受話器から、相手の男の返答があった。あくまで冷静な落ち着いた声であるが、ピクシーの様子に半ば呆れた様子でもあった。
「いいかキーア。大事な息子が戦線の最前列にいっちまったんだぞ。今頃セレス海の向こうで交戦してるかも知れん。落ち着いていられる方がおかしいだろうが」
 たん! とキャップの刺さったペン尻がデスクの上を叩く。木製のデスクが実にいい音を立てた。
「それに、お前にとっても息子みたいなもんだろうが。全く違うとは言わせないぜ」
『…………』
 キーアが黙り込んだことに、薄っぺらい満足をピクシーは覚えた。少し歴史が違えば、今は己の養子に収まっている義理の息子が、この男の所にいてもおかしくはないのだ。
「……あいつ、墜ちちまわなきゃいいが」
『あの剣をへし折った鬼神の後継だ。簡単に墜ちる位なら、もう死んでいてもおかしくない』
「俺もサイファーも、あいつに飛び方を教えてない」
『知っている。だが、ピクシー』
「なんだ」
『血は、争えないものだ』
「……どうだろうなあ」
 からん、とペンを転がしてピクシーは呟いた。だが、なんとなくそう言われると段々自分の中でもそう思え始めてくる。
「まあ、そういう事にしとくか。所でキーア、あいつはどんな様子な……」
『悪いがここまでだ。そろそろ切るぞ』
 がちゃんと耳元で不快音が響き、ピクシーは思わず受話器を耳から離して眉根を寄せた。こういうところだけは、あいつもサイファーもキーアもそっくりだ。
「ったく、どいつもこいつも」
 呟き、携帯電話をデスクの端に置いた。



ALVIN "CHOPPER" H DAVENPORT, NOV 27 2010


 部屋の扉を開けると、カークが扉の隙間から滑るように出てきた。
「おっと」
 目を瞬かせながらそれに驚いていると、足下にまとわりつくように黒いラブラドール・レトリバーが回り込む。
「部屋でなんかあったのか?」
 扉を開けてみると、ソファの前にあるテーブルに突っ伏すようにして、赤毛のルームメイトが倒れていた。
 同室の男は見習い時代の訓練飛行で、度々手を抜いていた以外は態度の良い方だ。やや冷たい受け答えも軍隊の上官には受けがよかった。大体、手を抜いてる云々だって、あのバートレット隊長が言わなきゃ気づかなかったのだ。
 そんな彼である。チョッパーと彼は同室で暮らしているが、こんな風に突っ伏しているところなど見たことがない。寝そべって本を読んでいるのを見たことはあるが、それがせいぜいだった。だから少々焦って声をかけた。
「おいブービー、どうしたってんだ。具合でも悪ぃのか? 変なもん食ったとか」
 言ってから気づく。テーブルにブランデーの瓶が転がっていた。珍しいなんてもんじゃあない。酒はそんなに得手ではなかったはずだ。
「……っさいな……」
 お、返事あり。
「珍しいじゃねえかよ。お前が酒とか、一体どうしたってんだ」
「世界が滅ぶよりは高い確率だと思う」
「この戦争が終結するよりは低い確率だと思うぜ。……なあ、どうしたってんだ」
「別に」
 顔も上げずに後頭部をこちらに向ける。まったく、どうしたっていうんだ。
 と、その時脳裏に、ある野郎の顔が浮かんだ。この基地の副司令官殿だ。サンダーヘッドほどじゃないが、そこそこの美声にやたら綺麗な面した話しの分かる副司令殿だ。戴いた金髪の背景で、百合の花あたりしょっててもおかしくない。
「なあ……ハミルトンの野郎となんかあったのか?」
 ぴくり、と我らが隊長の肩が動いて反応を示した。おいおい、分かりやすすぎるぜ。これも酒のせいか。
「何も」
「うそつくない」
「何もないって言っただろ」
「何かあったら何だっていうんだ」
 伏せたままの赤い頭が吠えた。
 プライドがやや高くどこか情緒不安定なのをチョッパーは知っていた。戦闘の腕はあの空戦の天才と言われたナガセも、「もうブレイズには敵わないかも」と言わせるエースは、ずっと同じ位置にいる同期だと思っていたのに、いつの間にか遠いところに居る気がする。それはきっと、俺たちの「隊長」になったからじゃない。
 予想はずっとついていたんだ。
 いつ言うべきか。ずっと悩んでは飲み込んでいた言葉が、ついに口から洩れた。
「知ってる……つっても話せないか?」
「何を知ってるていうんだ」
「副司令とお前の関係」
 はっきりとそう言った瞬間、がばりと顔を上げたブレイズと目が合った。
 驚いていた顔が次第に青ざめて、その後は急に真っ赤になった。羞恥よりは怒りによるものだろう。
「お……まえ……!」
 青い目が感情的な光を宿す。こんな強い光を映したこいつの目は見たことがない、とチョッパーは思った。
「そのことは誰にも……」
「言ってねえ」
「どうしたら忘れる」
「忘れるために何かしろって言ったらするのかよ」」
「どんなことでもやる。だから誰にも言うな。絶対にだ」
 鬼気迫るその様子は、今までに見たことのない様子だ。
 こいつは本気だ。何がこいつをそこまでさせんだ?
 ごくりと生唾を飲み込み、思わずチョッパーも抑えた声音で言った。
「喋る……つったら?」
「……今、ここでお前の弱みを作る」
「まじかよ」
 そこまで彼にさせる副司令を恨みつつ、チョッパーは立ち上がるブレイズを視界に捉えていた。








心にもない本心
Heart Break.