DARYL "BLAZE" RODINA, NOV 29 2010
なあ、知ってるか? 赤毛で青い目の奴は気が強いらしいぜ。
「……それで?」
お前は、なんか全然そんな感じしねえなあとか思ったもんだけどさ。
案外、当たってるかもって今は思うな。
ぼんやりとそんなやりとりを思い出していたら、目の前に戦闘機がぐいんと迂回してきた。
<<うわっ!?>>
ぶつかるかと思い、すぐさま自機を傾ける。無線越しにチョッパーの笑い声が聞こえた。
<<ブービーよう、ぼーっとしてたら危ねーぞ>>
<<お前が言うな!>>
叫んで返し、まったく、とレーダーを見る。
レーダーや計器は正直だ。数字もまた然り。
数字の魔力に陥るのはいつも人間だけで、上手に扱えば何よりも心強い。要は判断する能力だ。
レーダーにある反応は四つ。言うまでもない、このウォードッグの面々だ。
夕闇も迫る1700時。下に見えるのは町並みと大きなスタジアムだ。ノヴェンバー国際スタジアムである。
オーシア南海岸ノヴェンバー市の中央にそれはあり、最大七万人収容可能という巨大スタジアムだった。
アップルルース副大統領演説の演出という名目で、スタジアム上空で展示飛行を実施するという任務だ。展示飛行とはいえ、兵装は各機に通常通り装備されている。
下には副大統領という要人も来ている。周囲への警戒の方が主たる目的なのだろう。事実、十分周囲に警戒するようにとのお達しだった。
こういう時に限って厄介なことが起こる、そんな予感がするのがいただけない。
下で副大統領の演説がされている。その声はブレイズたちの耳にも聞こえた。
どうかこの放送に、耳を傾けてください
私、オーシア大統領を代理する副大統領の前にある同胞の歓声を。
彼らはユークトバニアへの怒りに燃え、彼らを屈服させるまで戦いの矛を収めないことを誓っています。
さあ、お聞きくださいこの歓声を!
<<やだやだ、これで満場の拍手喝采となるんだぜ>>
チョッパーが言うのを聞きながら、ふと違和感を覚えていた。
積み荷……いや大統領。あの大統領が代理を立てて演説させていることに対しての違和感が、どうにも拭えない。
演説の内容も、大統領が口にした「平和」とは大きく異なるものだ。本当にこれは、大統領の意向なのだろうか? その疑問をさらに後押しするように、市民たちが行ったのは歓声の声ではなかった。
歌だ。歌声が響いてくる。大合唱だ。
<<ソーツ・エンドレス・イン・フライト……>>
やや大げさなチョッパーの歌声まで無線から聞こえた。
<<それ、ロックンロールじゃないですよ>>
<<構うもんかい。……そうだ、俺たちだって敵とも仲良くしたいんだ! って、心意気の歌だぜ、こりゃあ>>
<<珍しくいい事言うな>>
<<おいブービー、どういうこったそりゃあ>>
別に、と返したところで、ピピと別の無線が鳴った。AWACS――サンダーヘッドだ。同時にアラームが鳴る。
<<こちらサンダーヘッド。敵編隊接近を確認。ウォードッグ、迎撃せよ>>
当たらなくてもいい予感が当たったな、と思う。レーダーには確かに自分たち以外の反応があった。顔を上げれば肉眼でも確認できる。
視界の中にあったのはSu-27が二機。兵装を切り替えて迎撃の準備に移った。
ほぼ同時にグリムが叫んだ。
<<タリホー! 敵機です!>>
<<味方は……私たちだけ?>>
ナガセの言葉はもっともだ。サンダーヘッドがすぐさま答える。ほぼ同時にミサイルを飛ばした。Su-27にそれが当たり、煙を吹いた。
<<今、増援を要請している。一番近い隊が来るまで六分>>
<<了解>>
<<それまで孤立無援ですか?>>
<<仕方ない、堪えるしか……>>
そうブレイズが言いかけた時だった。チョッパーの声が静かに割り込んできたのだ。
<<……待てよ? ……おい、まだ歌い続けているぞ。スタジアムの連中は退避しねえのか? 空襲警報はどうなってんだ>>
はっとした。確かに歌声はまだ続いている。避難する様子がない。
対して、レーダーに移る敵機は先より増えている気がした。TYPHOONが多い……。ブレイズのものと同じ、Mig-31も数十機は見える。
<<多いな……。まだ避難は始まらないのか>>
さすがに苛立ちが募り、そうブレイズが言う声にかぶさるようにサンダーヘッドが言う。
<<市民の退避が始まった>>
<<始まった……って、すぐには無理だ>>
グリムも言うが、その通りである。混乱もある中、あの人数をすぐには避難させれない。
<<まったくだ。何万人集めやがったんだ、阿呆副大統領が>>
<<ダヴェンポート大尉、口を慎め。その前に敵を落とせ>>
<<あいあい。ようやくまともなことを言ってくれるようになったぜ>>
一分が妙に長く感じる。
レーダーをきつく見張った。何しろこちらは四機だ。いつ抜けられるとも限らない。
唐突にチョッパーからの無線が入った。
<<ブービー、こちらチョッパー。味方の増援は近いか?>>
<<らしくない質問するな。近くても近くなくても堪えるだけだろ>>
<<その様子だと、まだまだらしいな。くそ、まったく時間にルーズなヤツらだ>>
視界の隅でブレイクするチョッパーの機体が目に入った。
くそっ、とグリムの焦る声がする。
<<駄目です。敵が多すぎる!>>
<<こらえろ。味方の到着まであと2分>>
<<よし、俺はバトンタッチの用意に入った!>>
目の前でナガセの放ったミサイルがTYPHOONにぶち当たるが、仕留めるに至らない。機銃を叩きこめば、当たり所が悪かったのかTYPHOONのエンジンが小さな爆発を起こす。
時間的に、そろそろ味方機が到着する。そのはずだった。
<<ノヴェンバー市へ急行中の各隊に告ぐ。我々も引っかかっちまった……>>
聞いたことのない声だ。それはサンダーヘッドも同じのようだった。
<<誰だ、これは?>>
<<まったく良く出来た演習だぜ。演習終了、帰投せよ>>
<<演習……? まさか>>
<<待て! 何を言ってるんだ? ECCM! 通信を回復しろ!>>
サンダーヘッドの感情的な叫びが響くが、どうやら状況は回復しなさそうだと気づかされる。レーダーに目を落とせば、時折映像が不鮮明になった。妨害でもされているのだろうか。
<<味方戦闘機が来ません! どうなってるんだ?!>>
<<増援はもうすぐ来る、もうすぐなんだ! くそっ、どの基地もまともに取り合わないのか!? 何故分からない、スタジアム上空で空中戦なんだぞ!>>
ロックオンの聞きなれた音に反応して、ミサイルを撃つ。入り乱れる敵味方の隙間を縫って、ロックオン先にそれが当たった。
<<……殲滅するつもりでやるしかない>>
そうブレイズは言ったが、味方へというよりは、むしろ自分自身への言い聞かせだった。
だが無情なのが現実だ。嫌味なほどに。
<<新たな敵編隊を発見。ステルス攻撃機だ>>
嫌なニュースがまた入る。さすがのブレイズも隠さず舌打ちをした。
<<冗談だろ>>
<<そいつの狙いはスタジアムですか?>>
<<政治的なダメージを狙って、とことんやる気なのさ……っと、いけね!>>
あちこちで響く爆音のひとつと被さるように、チョッパーが叫ぶ。被弾したのだろうか。グリムが見ていたのか心配そうな声で尋ねた。
<<大丈夫ですか? 被弾しましたよ>>
<<ん、まあたいしたことはない。体は無事だし、もうしばらくは飛べる。なあブレイズよぉ、機体は消耗品だったよな?>>
<<……>>
じりじりと嫌な予感が迫る。その心中を察したのか、声のトーンを落としたチョッパーが宥めるように言った。
<<分かってるよ…。機体も俺も還るから、そう心配すんな>>
<<チョッパー、ベイルアウト出来る?>>
ナガセも徐々に不安を感じどってきたのだろう。そう問いかけた。代わりに聞いてくれたナガセのそのセリフに、敵機を追いまわしながらブレイズは耳をそばだてた。
<<そいつはちょっとむずかしいなあ。下は一面の人家だ。機体を落とせねえ。ブービー、機体を落せそうな場所がどこかにないか?>>
<<川……は少し遠いな。スタジアムのど真ん中なら問題ないはずだ>>
<<そうね。あのど真ん中へ落として、あなたは脱出するのよ。わかった?>>
<<了解。生きる希望がわいてくるお勧めだ。もうちっと観客の退避が終わるのを待たなくちゃな>>
言われて機体を傾け、スタジアムを見た。この上空からでは漠然としか様子が分からないが、まだ少し時間がかかりそうだ。
かかる重力を堪え、掻きまわすように派手な円を夕暮れの空に描いて見せる。不調機はだだでさえ狙われやすい。それにスタジアムからこちらに注意を引き付けなければならない。
敵ステルス機も、ミサイルを撃たれてはこちらを無視できなかったらしい。撃ち返しされアラームが響く。回避はスレスレだった。だが問題はない。
<<ゴリゾント、何を手間取ってるんだ?>>
<<くそ、何だこの動きは…振り切れない…! 後ろを取ら――>>
最後まで喋ることは許さなかった。肉眼で目視した後の機銃が当たり、ステレス機の最後の一機を沈黙させると、ほんの少しだけ肩を下ろした。
<<ステルス機の全滅を確認。今、味方機を呼び戻した!>>
<<遅えんだよ、ほんとにもう。ああ、レーダーが消えた。配電盤がいかれてる>>
ああ、また嫌な予感が強くなる。まるで足音を立てて、背後から迫っているような。予感が強くなる度、普段から決して多くはない自分の口数が、さらに減っていくのを自覚する。
ナガセがまるで代弁するように叫んだ。
<<もういい。チョッパー脱出して。脱出しなさい!>>
<<オッケー、潮時だな。スタジアムだ、あそこへ落とす>>
<<了解。脱出して>>
そのチョッパーの言葉に、ようやく安心した気がした。
けれども、それは。気がした、だけだったことにブレイズもナガセも、グリムもすぐに知った。時間にしたら数秒だったが、たっぷりの沈黙の後、いつになく冷静な――こんな状況だというのに静かなチョッパーの声が無線が響いた。
<<……無理だな。電気系統がいかれてんだ。キャノピーがとばねえ。イジェクションシートも多分駄目だ>>
思わず吐息が口から洩れる。
そのチョッパーの言葉がジョークではないことを、無線の向こうから聞こえるノイズで知った。明らかに計器その他諸々が壊れている。
呆然とするブレイズの横から、サンダーヘッドがこれまでにない大声で、感情をむき出しにして叫んだ。
<<……あきらめるなチョッパー! がんばるんだ! チョッパー!>>
<<へへっ、いい声だぜ>>
高度を落としていくチョッパーの機影を、目で追う。
<<……おい。おい! 待てよ……>>
縫われていた口が解かれように、ようやくブレイズのそれが言葉になった。
<<悪ぃなブービー……ブレイズ。さっきの言葉訂正するぜ。機体も俺も、当分帰れそうにないな>>
なんなんだ。
なぜこんな状況で、お前は声が震えないんだ。
そんなに悟ったように、受け入れるんだ。
おかしいじゃないか。ここではない、どこかへ今まさに逝こうとしているというのに。
そんなこと言葉がいくらでも、頭の中にずらりと沸いてくるのに、スタジアムへと墜ちていく彼を止める力になんてなりはせず。
流れ星のように落ちていく、彼の機体を眺めるのが関の山でだった。
ちりん、と無線の雑音の中から、鈴の音が響いた。
誰かのために生きられるなら
Applause! Applause!!