DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 06 2010


<<サンダーヘッドよりウォードッグ>>
 いつもの美声が無線で聞こえてくる。
<<燃料補給の指示を出す。味方の飛行隊がその東にいる。彼らが空中給油に向かうから、誘導してもらえ。任務ご苦労だった。敵国首都まであと一歩だ。君たちさえいればこの戦争は勝てる。そんな気がしてきたぞ>>
 サンダーヘッドがそう言うが、ブレイズは素直に喜べない心境だった。
 クルイーク要塞がどんなに強固であるか、この戦争が始まった時に分厚い資料を渡されたためよく知っていた。実際、そこが最後の要所であるのもあり、敵の守りは堅く、戦力を大分この場所に割いているのを身を以て知った。
 交戦した敵のエースらは強く早く、まさに精鋭と呼べるものだったのだろう。
 それらを破り、あの鉄の門を開けたことは大きな戦果であり、それらを自分たちは誇っていいはずだ。もっと嫌な言い方をするなら、自慢もできる。
 欠片もそんなに気になれない。どこか憂鬱で仕方ない。
 本当ならばそこにいるはずの、煩い男がいないせいか。
 ハミルトン大尉への疑念が深まる一方だからか。
 次の市街地戦で、市民の血を見なくてはいけないせいか。
(……全部か)
 独り心の中で呟き、ため息をついた。
<<隊長? お疲れなんですか?>>
<<精神的に>>
<<ブレイズ、大丈夫?>>
 グリムの問いに応えると、ナガセが妙にあわてて喰いついてきた。
<<そんなに疲れて見えるのか、俺>>
<<というより、精神的に疲れたなんて口にするのが珍しくて>>
 ナガセが言ったことで、ふと軽い驚きを感じた。確かに、そんなことを言うことは今まで一度もなかった。そしてそれに気付かなかった自分にも些か驚いてしまう。
<<……忘れろよ。そろそろ誘導機が見えるはずだ>>
 要塞陥落に要した労力は、人の機体も同じだ。ミサイルも燃料も底を見そうな状態になっている。
 丁度、誘導機の飛行隊が見えてきた。ザザ、と少々のノイズと共に聞こえる無線。
<<ウォードッグ、こちら8492飛行隊だ。敬意とともに英雄を誘導させてもらうよ。一緒に帰ろう>>
 途端、びくりと腕が痙攣したかのように震えた。
<<8、4、9、2……?>>
 ひとつずつ、確かめる……というよりは、少しずつしか呟けず、そう声にした。
 忘れるはずもない。ハミルトン大尉の部屋にあった、あの文書の中にあった数字。
 何度も何度も、意味を大尉に聞けなかったあの数字。
<<こいつら……まずい>>
<<えっ、隊長、まずいって……うわっ!>>
 グリムが反応を示したと同時に、レーダーが乱れに乱れた。
<<敵のECM! ……待てよ、今の誘導機……!>>
 レーダーが封じられたのを見計らい、ミサイルが空を切って飛来してくる。ロールしてそれをかわしたが、代わりにとても言うのか、多数の敵機が現れた。
 皆国籍表示がない。それを確認した瞬間、この戦争が始まる直前に何度か現れた国籍不明機を思い出した。
<<やられたわ……8492は実在しない部隊番号よ!>>
<<味方の中に僕らを罠にかけようとするものがいるんだ。スタジアムの時だって……!>>
 悔しげなグリムの声を聞き、かっと頭に血が昇った。
 そうか、スタジアム。あの時も。
 頭が認識した瞬間、砂嵐ばかりを吐くレーダーを、拳で思い切り打ちつけた。
 サンダーヘッドの声はない。無線も途絶えてしまっているのか。
 代わりに響くのは異国の言葉だった。よく耳を澄ます。それはベルカ語のような気がした。少なくともユークではない。
<<8492飛行隊の正体はユークのスパイですらない?!>>
<<8492、8492、8492…あと一回どこかで聞いたぞ。……そうだ、大統領の不時着を護衛したとき、僕らと交代に来たのが8492! 大統領も彼らが……この戦争拡大はそのせい?!>>
<<元凶、だ。……突破しよう。戻ってこのことを伝えないと>>
 伝える。いや、自分の目的はそれだけじゃない。
 これでようやく、そうようやくだ。ハミルトン大尉に問いただすことができる。不可侵だった領域に足を踏み入れることができる。
 そう思いながら。震える腕に動けと叱咤した。そうでもしなければ、目の前が真っ白になってしまいそうだったからだ。気持ちのやり場がどこにもなくなってしまうから。ばらばらになりそうな心が、あちこちを向いている気がした。



DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 07 2010


 夜も更けた0130時。サンド島空軍基地の滑走路にブレイズを始めとするウォードッグの面子が帰路についた。
<<戻ったはいいですけれど、誰にこのことを話しましょう>>
 グリムの疑問に、すぐさまナガセが答えた。
<<石頭の司令官に訴えても駄目。彼は平和主義者の大統領のことを馬鹿にしてた……>>
 そういえば思い出す。あの傲慢なペロー基地司令官は、鼻で大統領のことを笑っていたのを。
 するとグリムがこう提案した。
<<副官のハミルトン大尉のところならどうでしょう?>>
 びくり、と肩が震える。指に力が入らず、電流でも流れたかのように痺れた。そんなブレイズの様子を知らず、ナガセが言う。機体を滑走路に沿って滑らせながら。
<<了解。私と隊長はそっちへ。グリムはジュネットとおやじさんに知らせて>>
<<はい>>
 覚悟は決めるしかない。深呼吸をひとつ。機体を降りればそんなところをもう見せれないから。
 グリムと別れ、足早に副指令官の執務室へと向かった。この真夜中である。執務室に居るかどうか疑問だったが、部屋の前に来た瞬間にその疑問は解消された。書類をめくる紙の音が耳に入ったからだ。
 少しの躊躇い。だが意を決して扉をノックした。でなければナガセが先にそうしていただろう。なぜか、それは避けさせたかった。
 彼女を守りたいとか、そんな陳腐なものではないと思う。ただ、あまりハミルトン大尉には触れさせたくないと思った。
「どうぞ」
 中から大尉の涼しい声がした。こんな返事ひとつでも、無闇に偉ぶることをしない大尉が、ブレイズは好きだった。
 そうだ。「好きだった」のだ。
 どうか手が震えないようにと願いながら、ブレイズはドアノブに手をかけた。一気に押し開くと、普段となんら変わりのない様子で机上に資料や書類らと共に並んでいるパソコンに向かっているハミルトン大尉の姿があった。
 ぴしりと背筋を伸ばせば、自分をある程度殺せる気がした。少なくとも、ここで言葉が出ないなんて無様な自分を殺せる位には。
「……ダリル・フォルク大尉、ならびにケイ・ナガセ大尉です。重要な報告があります。夜分の訪問をお許しください」
「構わないよ。だがその前に私から尋ねたいことがある。ウォードッグは現在、クルイーク要塞攻略後の給油・補給をしているはずだが?」
 それがなぜここにいる? と彼の少し冷ややかな目がこちらを見ていた。それだけで心が竦みあがりそうだった。
「緊急事態なんです、ハミルトン大尉!」
 軽く身を乗り出すようにして、ナガセが声を張り上げた。彼女の声は研ぎすまされた刃のようで、思わずそちらに意識を向けてしまう力があった。
 彼女は続ける。
「オーシアとユークの中に、この戦争の元凶が潜んでいるんです! 8492飛行隊を初めとした――」
 そこまで言いかけたナガセが、はっとして言葉を止めた。
 ナガセの目が驚きに見開かれる。止めたはずの言葉が少し漏れて、震えていた。その視線の先を追う。そうして身体が凍り付いたように固まった。
「ハミルトン……少佐……?」
 つぶやいた自分の声が、笑ったハミルトン少佐に吸い込まれていく錯覚に陥った。








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