DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 07 2010


「よろこんでくれるかい?」
 にこりと笑ったハミルトン大尉……いや少佐の顔は、いつも二人きりで会っている時のそれのはずだった。なぜこんなにも違って見えるのだろうか。確かな違いに気づいたのは、もう自分がこの人を信じていないからなのだろうか。
「あなたが、手を引いていたんですか?」
 つぶやきは、しかし確かな声となって部屋に行き渡った。ハミルトンはただ、検分するように目を細めた。
「なぜそう思うのか簡潔に述べ給え」
「あなたの部屋の引き出しにある文書から、ベルカ語で8492飛行隊について書かれているのを読みました」
 三分の一はブラフだった。8492と書かれているのはわかったが、飛行隊であるかどうかまでは判らなかった。まあ、ほぼ確実に8492飛行隊のことを指してはいるだろうが。ついでにベルカ語を解読できるほど、言語に明るくはなく、「読んだ」というよりは「見た」状態だった。
「読んだのかい」
「はい」
 驚くナガセを横目に、ブレイズははっきりと頷いた。先刻まで心臓の鼓動を押し込めるのに精一杯だったのが、今は逆に奇妙なほど落ち着いていく。肝が座ってきたか。
 残った多少の緊張や怯えを握りつぶすように、ぎゅっと利き手をが拳をつくる。
「あなたは何なんですか」
「言えば、君は私と来てくれるのか?」
 くすりと笑って言うハミルトンの真意を計りかねた。戯れ言かとおもいきや、目が真剣だった。
「私が指令官に働きかけ、8492と繋がっていた? もしそうだと言えば、君は私と来てくれるのか?」
「それは」
「答え給え」
 命令に身体が震えて反応した。彼が施した調教は、思いの外身体に染み着いていたらしい。そのたった一言で、脳がじんと麻痺したかのような錯覚を覚える。
 唇が、麻痺した脳が、何か答えを紡ごうとして動いた。
「……あなたと、行くとは?」
 質問に質問を返す形となったが、ハミルトンは咎めなかった。
「ブレイズ、君はとても強くなった。他国のエースの前に出しても引けを取らないほどに」
 細まるハミルトンの瞳、柔らかな声と視線がやわやわと胸を食む。決して鷲掴みなどという無粋なまねはしない。そっと心の臓に両手で触れて、ゆっくりと握るようなそんな感覚。
「君は優秀なパイロットだ。その力を振る場所は私が決めよう。それに疑問の声を挙げないのなら―――、私の傍を許そう。これまで以上にね」
 囁く声は、しかしはっきりと耳に入る。ハミルトンの声はそういう声だ。いつの時だって。
「私ならば、君の力を誰よりも余すことなく使ってやれる。これは決して自惚れでも、君を尊重していないわけでもない。君ならば分かるだろう? この意味が!」
 びくり! と肩どころか全身が震えた。これらの言葉は決して嘘でも虚勢でもない。それが可能なのだ、この男は!
 ああ、今ここで彼に身を委ねてしまえば、どんなにか……。
 魅了され、ふらりと一歩踏み出しかけたプレイズの横から、ナガセが力強く一歩を踏み出した。日ごろから鍛えているしなやかな足で、だん、と床を踏みしめてハミルトンの懐に飛び込む。
 やや下方から、空を切り裂いた右フックが思い切りハミルトンの下顎に直撃した。強烈な一撃によろめき、ハミルトンが執務机にぶた当たって尻もちをつく。
 目を見開いてそれを見ていたブレイズに、ナガセが類を見ないほどの大声で叫んだ。
「ブレイズ!! 逃げるわよ!」
 はっと、見えない鎖から解放されたように身体の緊張が解けた。それでも足が思うように動かない。そのブレイズの手を少々無理やり引っ張り、ナガセはさらに叫んだ。目尻にはなくとも、声音には涙が滲んでいた。
「こんなやつのために、あいつのこと無駄にしないで!」
 引っ張られて、乱暴にドアを開けたナガセに手を引かれその場を逃れたが、かすかにハミルトンが何か言ったような気がした。



KIRK, DEC 07 2010


 警報が鳴り響く音に、黒い獣がそろりとベッドの下から這い出た。
 何かを思い出したようにベッドの下に顔を突っ込み、薄ぺらいプラスティックのケースを取りだす。それを咥えたまま、器用にドラノブをカリカリと引っ掻いて開けると、勢い良く飛び出していった。








ぼくを支配するひと
No Marionette.