ALLEN C HAMILTON, DEC 08 2010


 ツバメが逃げた。
 私を裏切らぬよう躾けたつもりではあったが、それもどうやら足りなかったようだ。
 彼を含むサンド島分遣隊所属機は全て撃墜され、またパイロットらの死亡も確認された。彼らは今やオーシアにとって大きな戦力であったが、裏切り者は必要なかった。
 自分の意に沿って飛ばないパイロットなど、後顧の憂いでしかない。
 これでいいはずだ。
 執務室にて報告書に目を落としていると、傍らにある電話が鳴った。相手はおおよそ見当がついている。
受話器を取ると、「Hello?」と男の声が飛び込んできた。
「アシュレイ?」
「君らのエースはどうなった? ……いや、君のエースと言うべきか」
「生きてこちらに寄越すとは思いませんでしたよ」
 電話の相手、アシュレイ・ベルニッツにそう皮肉を言えば、彼はどうとも取り難い笑い声をハミルトンに聴かせた。彼に対しては、かつて8492へ派遣されていた頃の癖が抜けず、どうも妙に畏まってしまうのを自覚していた。
「油断していた。さすがは君の抱えるエースパイロットだな。逃げ足もずいぶんと早かった。他のパイロットもオーシア人にしてはいい動きだったが」
 アシュレイ……8492飛行隊のリーダーである男は、吐息を交えてそう言う。あの時仕留めるはずだったウォードッグ隊を打ち漏らしたことを、もう少し責めるべきかとハミルトンは考えたが、敢えてそれは止めておくことにした。
「彼らなら、その死亡が確認されました」
「処刑でもしたのかね」
「逃亡したのを撃墜しただけです」
「ツバメをその手で落としたか。成程、私が心配するほどではなかったようだ」
「……ご安心を」
 アシュレイの言葉がじわりと胸を焼く。確かに、躊躇いがまるでなかったかと言われればノーかもしれなかった。
 手籠めにした若いパイロットが、まさか戦況を変えるほどの力を持つとは思わなかった。もし彼が生きて私に従ったとしても、その存在は爆弾のようなものだっただろう。使い方を間違えれば破滅するかもしれない、そんな力だ。それを思えば、死んでくれた今の方が、ずっと良かったのだろうか。
「もし彼が君に降っていれば、私も一度愛でてみたかったものだが。正面から交戦ができなかったのも残念だが、君の心を奪ったその男が、地上ではどんな人間なのかも知りたかったところだ」
「逆です。私が、彼の心を奪ったのです」
「だが彼は離れた。そうだろう」
 真実を突いたアシュレイの言葉に、思わずハミルトンは言葉を詰まらせた。まさに、その通りだった。
「ひとまず今日のところは確認だけだ。また連絡する」
 言葉を詰まらせたままのハミルトンを置き去りに、アシュレイが電話を切った。ツーツーと空しく受話器から聞こえる音が耳に残った。



DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 08 2010


 戦争が始まった時も、どこか現実離れしたような感覚があったが、今回はそれよりもひどいとブレイズは思った。
 追われ、撃たれ、逃げ出して。こんな現実を半月前は予想だにしなかった。おやっさんが先頭を切り、練習機で逃げ出さなければ、今頃死体袋の中におさまっていただろう。
 オーシアを追われる身となりはしたが、かつての作戦で自分たちが救った空母ケストレルに現在乗艦としてるのは、奇妙な運命を感じた。おやっさんとケストレル艦長・アンダーソン大佐の機転には、感謝と共に感嘆とせざるを得ない。
 明日には、捕らわれている大統領の救出ミッションが始まるだろう。「戦闘機は選り取り見取りだから、選んでおきなさい」とおやっさんに言われ、ハンガーで座りながらぼんやりと機体を眺めていると、足音が後ろから聞こえてきた。
「後悔しているの?」
 足音の主はナガセだったらしい。彼女が切り出した言葉に、少し黙った。
 恐らくは、敬愛する……いや、敬愛していたハミルトンと決別する形になったことを言っているのだろう。あの時のやりとりを間近で見ていた彼女は、全てではないにしろ、ブレイズとハミルトンの関係に気付いてしまっているのは間違いない。
「…していない」
 振り返りはせずに、被りを振って否定した。
 ポケットの中の鍵についた鈴が、ちりんと鳴る。もうこの鍵も、使うことがないかも知れない。オーシアでは、自分らは死んだことになっているはずだ。もう戻れないと思っていいだろう。
「そう」
 ナガセは小さくそう言った。普段の自分たちならば、それ以上の入り込んだ会話はしない。だが、この時だけは例外だった。
 隣に座ったナガセが、同じようにいくつも並んでいる機体を見上げる。
 お互い目を合わすわけでもない。指先ひとつ触れ合わせることもしない。そんな仲、ナガセがぽつりと言った。
「あなたがあいつを選ばなかったこと――」
 横目で見た彼女の口元が、僅かに笑い、
「少しだけ、嬉しいと思うわ」
 と、言った。








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