HANS "ARCHER" GRIMM, DEC 23 2010


 僕たちの隊長のことを話すなら、……うん、やっぱり一言じゃ足りないや。
 普段はぶっきらぼうっていうか、不器用な人って感じかな。周りに興味とかなさそうで、あ、でも戦局はちゃんと見てますね。不思議な人ですよ。同年代なのに、時々すごく遠いところにいるように見えたりして。
 僕なんかでも判ります。隊長はひとつ飛ぶことにどんどん強くなっていくんです。機動は鋭く、射撃は正確になってく。
 胸張って誇れる、「僕たちの隊長」って感じです。
 バートレット大尉も、また違う感じの「隊長」ですけど、ブレイズはなんていうのかな……うまく説明できないや。
 あ、でも……。……これオフレコですからね。
 この間、隊長が……本当にオフレコですからね? 誰にも言わないでくださいよ。
 ……泣いてたんです、隊長。声、押し殺して……。



DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 23 2010


「おや……君の秘蔵っ子がやっとのおでましだ」
 ブレイズとある船室を訪れると、そこではおやっさんにスノー大尉、それにバートレットが片手にグラスを持っていた。いや、スノーに至っては既に酔いつぶれているらしく、船室の寝台で横になっている。
「……なんですかこれは」
 やや冷たい声音に視線。ともすれば呆れや侮蔑すら含んでいるそれらを、彼よりずっと年かさの男どもはにやりと笑ってかわした。
「何って祝杯に決まってるだろうが。とは言っても酒の在庫はそう多くはないからな、ほとんど気分だけだ」
 バートレットがそう答えるが、ブレイズはどう見ても酔い潰れているスノーを見遣る。
「酔いつぶれている人がいますが?」
「ありゃあだめだ。これっぽっちの酒でおねんねしやがった」
「どうやら彼は酒に強くなかったようだね。これは後でアンダーセン艦長にお叱りを受けるかも知れない」
「知ったことか。スクランブルが鳴れば酔いも醒めるだろうさ」
 おやっさんとバートレットの会話を聞きながら、はあ、とブレイズは嘆息した。
「まあ入れやブービー。ちょっとつき合え」
 酔っぱらいにあらがっても無駄なことだ。適当につきあって去ろうと決意し、ブレイズは船室に入っていった。一等のものを使っているため、部屋の中は大分広く、大の男の三人や四人ならば余裕で収容できる。
 空いている椅子に座ると、すぐさまグラスにブランデーが次がれていく。有無を言わさずロックにされているところに戦慄を覚えたが、もはや後の祭りである。
 酒はあのとき以来だな、と思いながらグラスに口をつければ、強いアルコールが舌の上で踊り狂った。
「ブレイズ、丁度君の話をしていたところだったんだよ」
 おやっさんの穏やかな口調に、ブレイズは視線を上げた。
「すっかり隊長が板についたものだ。ここに来てからも、大統領の救出に単機での潜入調査……成果以上に、君はよく頑張っている」
「……でも、」
 グラスを無意識のうちに強く握り込み、ブレイズは唇を噛んだ。
「チョッパーを死なせた」
 呟き、心のどこかで少し「しまった」と後悔した。普段の自分ならば、こんなことを言ったりはしないはずだ。
 だが男二人はただ黙り、目を細めた。どこか優しい光を帯びて。からんと誰かのグラスの中にある氷が転がり鳴る。
「俺は……敢えて慰めねえからな。別にお前のせいだって言うんじゃない。こういうのは手前の心の問題だからな」
 そう言いつつ、また教え子を失ったことにバートレットは心を痛めていたのだろうか。ぐっとグラスの中身を煽り、かたんとグラスをテーブルに置いた。
「一つ言えるのは、お前が落ちればあいつも浮かばれんってことだ」
 その言葉に、おやっさんも力強く頷いた。
 確かにそうだ。慰められたところで、それを鵜呑みにして安心するような性格でもない。自分のことだからよく判る。
「寧ろ私は、君たちだけでもまだ生きていてくれているということに感心するよ。あの時は、君たちの技術、……そして彼の命を以て、あのときはあれだけの被害で済んだのだよ」
 諭すようなおやっさんのその言葉に、またブレイズは唇を噛んだが、すぐに「はい」と頷いた。おやっさんが嬉しそうに目を細める。祖父がいればこんな表情をするのだろうかと思ったが、まだおやっさんは自分の祖父という歳でもない。そう思い、少し苦笑してしまった。
「ところでブレイズ。君のファミリーネームはフォルクと言ったね」
 おやっさんの問いに、ブレイズは頷いた。当然基地の中では姓と階級で呼ばれることが多かった。今更な質問である。おやっさんは更に続けた。
「君の父上の名は、ラリー・フォルクというのではないのかね? 片羽の妖精と呼ばれた傭兵の」
「……そうです」
 いつかは誰かに聞かれる質問だろうと、ブレイズはずっと前から思っていた。養父はテレビにも出たことがあるらしいし、その筋では有名なのかも知れないと思っていたからだ。
「やはりそうか。今の君が存在するのは、血筋か、教えが良かったのもあるのかね」
「父は二人とも、俺にその手の教育をしていません」
 ゆっくりと、被りを振りながらそうはっきりとブレイズは言った。言及されるより先に続ける。
「ラリー・フォルクは養父です。実父は養父の元同僚とのことですが、俺は物心ついてから実父と会ったことがありません」
「同僚と言うと、やはり実の父上も傭兵だったのかね?」
「そう聞きました」
 父親……家族のこととなると、途端に機械的な受け答えになる自分を自覚する。
 ふと、空気がしんとしているのに気付いた。薄く霜が降ったような、少しひんやりとした空気。バートレットの方を見やれば、堅い表情でグラスを置き、タバコに手を伸ばした。
 かち、かちとライターが火を生み出し、タバコにそれを点す。吸ってタバコの先端が赤く燃え盛った、数秒の後にバートレットは煙を吐いた。細く長い吐息をたっぷりその空間に落した後に、ぽつりと呟かれたのが聞こえた。
「ベルカ戦争の時にバケモンを見たことがある。忘れもしねえ、B7Rでだ」
 呟くバートレットの表情からは、酒気がすっかりと薄れていた。
「あの時からガルム隊は噂になってた。なにしろベルカの超兵器をぶち壊した隊だ。特にあの一番機……目にしてすぐに分かったぜ、化け物だってな。八匹の禿鷹の中に突っ込んで、全部撃ち落とした」
 おやっさんも懐かしむように目を細めていた。単純な懐かしさだけではないだろう。苦い思い出もあるのだろうということが判る、そんな表情だ。
「相手はエスケープキラーとか呼ばれてた、ベルカのエースだ。なのに息ひとつつかねえようなあの機動、あの光景……今でも忘れられん。常人離れなんてもんじゃねえ、人間の枠から外れかかってた」
 タバコの灰が灰皿に落ちる。
「どんな奴かってな、この十年ずっと考えてた。鬼神の息子とはなあ……。ブービー、お前今はラーズグリーズとかって名乗ってるらしいじゃねえか」
「はい」
「その伝説だか何かを聞いたことあるか? 俺もごく一部分しか知らねえがな……」
 目を瞬かせることで、知らないと答える。おやっさんがそっと呟くように言った。
「はじめには 漆黒の悪魔として。悪魔はその力をもって大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。しばしの眠りの後――ラーズグリーズは再び現れる。英雄として」
「符合してるじゃねえか。……はは、さすが、俺の秘蔵っ子だ」
 そうバートレットが言うと、もっと飲めとばかりに酒を継ぎ足された。
「英雄に乾杯」
 なんと応じていいものか分からず、ブレイズは視線を逸らした。素直になれない自分が、どうしようもなくもどかしかった。








血で飛ぶ魔物
Greater Deamon.