DARYL "BLAZE" RODINA, DEC 23 2010


 夜も更けた頃、おやっさんが立ち上がった。酒に強いのか顔も紅潮しておらず、立ち上がる様もしっかりとしていた。
「さて……私はそろそろ退散するとしよう」
 そう言うと、横になっていたスノーに肩を貸した。
「おい待て、まだ酒が残ってんぞ」
「君の愛弟子がまだいるじゃあないか。私はもう歳だ、ここのところの状況の変化は身体に堪える。後は彼に任せるよ」
「ちょ……」
 体よく酔っ払いを押し付けたおやっさんは、そのままスノーと共に外に出ていった。ブレイズを逃がさないようにがっしりと捕まえたバートレットが、
「そんな訳だ。まだ付き合うよな、え? ブービーよ」
「……はい」
 酒臭い息のする口が近寄り、その匂いにむせかえりそうになる。
「ようし、もう一杯注げ。一杯にだぞ」
 バートレットの腕が肩をしっかり抱いているため、逃げようもない。仕方なく琥珀色の液体をグラスに波々と注いだ。
「よーし、いい子だ」
 上機嫌のバートレットは、ブレイズのグラスにもブランデーを注いだ。目の前で一杯になるグラスに、ブレイズはため息をつきそうだった。
「こういうことは、彼女にやってもらえばいいんじゃないですか」
「彼女って誰だ?」
 バートレットがグラスに口をつけ、無精髭が下から見える。
「少佐、とか」
 ユークトバニアから来た謎めいた美人を思い出し、ブレイズはそう言った。昔、彼女とバートレットは恋人同士なのだと耳にしたからだ。
「あいつは今、ナガセと一緒だ。女同士で話も合うんだろ」
「恋人だったんでしょう」
「いいかブービー。女と飲みたい酒と、そうじゃあない酒がある。今はどっちかつーと前者の気分だ」
 そう言われてしまえば、それに従う術しかブレイズは知らなかった。ため息をついてブランデーに口をつける。喉を焼きそうなアルコールの強さにも身体が順応してきた。……というよりは、単に酔いが回って心地よくなってきただけなのかも知れないが。
「俺のことはいい。お前はどうなんだ、え?」
「何がですか?」
「色気のある話の一つや二つや三つ、あるだろうが」
「ありません」
 はっきりと言い切ってから、ハミルトン少佐やチョッパーの顔が脳裏に浮かんだ。
 不意に沈黙が落ちる。だがそれは意味ある沈黙なのだとすぐに悟った。相手が何か言葉を探している、そういう類の沈黙だった。
「お前……ハミルトンのところに出入りしてたろう」
 ぽつりと漏らされた一言に、かっと顔に熱が集まるのを自覚した。
 戸惑いから即座に答えることができなかった。だがバートレットはその沈黙を肯定と取ったようだった。
「何か弱みでも握られてたんじゃないのか。……悪かったな、なかなか気づいてやれなくて」
 目を閉じた闇の中で、またグラスの氷がカランと鳴った。
「一体、いつ」
「気づいたのは俺が撃ち落とされる直前だ。聞いてやらないとと思っていたんだが……。今となっちゃ言い訳だな。ずっと気になってたから今日は呼んだんだ」
「安心しました。ちゃんと裏があったんだな」
「こいつめ」
 こめかみを軽く突かれて、目を開けた。バートレットはさらに続ける。
「ハミルトンの野郎は、優しかったか」
「はい」
 隠しても仕方がないので即答した。バートレットは「そうか」と嘆息を交えて言った。
「優しくするのは、あいつの常套手段だからな。何か辛いことはされなかったか?」
 問われて彼との逢瀬を思い返す。辛いことなどなかった。ただ一つを除いては。
 彼は優しかった。ただ話をする時も、身体を重ねる時も例外はなかった。心地よかった。だからずぶずぶと溺れたのだ、あの人に。
「何もありません。……なにも」
 言い聞かせるように呟いて、グラスの中身を一気に飲みこんだ。だが言い聞かせたはずの言葉は、自分の中で明確な言葉とはならなかった。散り散りに霧散して、アルコールが嘘をつくことを拒んだようだった。
「俺が弱みを握られていたんじゃない。本当は誰かに頼りたいとか、気分を緩めたりとか、心のどこかで思っているくせに素直になろうとしなくて、自分で壁みたいなものを作って」
 微妙に呂律が回っていない気もしたが、グラスをテーブルに置いたブレイズはそのまま続けた。椅子にもたれかかると、ふわりとしていい気分になった。
「あの人は受け止めてくれる人だった。だから弱みを握られたとか、付け込まれたじゃない。俺が弱かっただけです」
「……お前、ハミルトンの野郎を撃ち落とす自信があるか」
 問いかけたバートレットの声は、それまでで一番真剣な声音だった。しばしの逡巡ののち、ブレイズははっきりと答えた。
「……あります」
「……そうか」
 安心したようなバートレットの声。そのすぐ後に、「なあ」とまた話しかけられた。
「たまには、頼ってもいいんだぞ。元とはいえ、一応お前らの隊長だったんだからな」
 それを聞いた瞬間、ブレイズははっとした様子でバートレットを見た。予想外の反応にバートレットは驚いて見せたが、次の瞬間にはブレイズの青い目から涙が零れ始めていた。
「お、おい……泣くほど嬉しかったか?」
 思わず椅子から身を乗り出して抱き寄せたバートレットに縋り、ブレイズは構わず泣きじゃくった。
 というよりは、それしか出来なかった。あの時と同じセリフを前に、自分を保てるほどの力がもうなかった。








蒼い鳥
What is temporary?