JACK BARTLETT, DEC 23 2010


 教え子は酒に弱かったらしいと気付いたのは、バートレットの酔いも回りに回ったころだった。
 周りの様子の変化に中々気づけないのが酔っ払いというものであったが、さすがにブレイズがぐったりと背もたれに寄りかかり、こちらの話しに答えなくなってきた為ようやく気付いたのだ。
「……おい? 大丈夫か?」
 延々と喋っていたバートレットも、さすがに横を向いてそう尋ねる。背もたれに寄りかかった教え子からは返事がない。眠ってしまっているのか。
 顔にかかる赤毛を指先で避けると、寝顔が姿を現した。年相応のそれ。普段張り詰めて険しい表情をしていても、こんな時は年頃の顔をするものなのだなと思う。ハミルトンの野郎は確かにいい目をしてやがるなとも。
 付き合わせたのに起こすのも悪いなと思い、ベッドに寝かせようと抱き上げる。降ろしてやる直前で、ブレイズが身じろぎした。
「起きたか?」
 やや小声で問いかける。飲み過ぎて気分が悪いのか、具合が悪そうに身じろぎする。だが抱えあげられて嫌というわけではないようだった。
「チョッパー……?」
 呟いた後、ブレイズはすぐにはっとした表情を見せた。
「……忘れてください」
「……」
 ベッドに降ろし、その身体を抱きしめる。戸惑うような声が聞こえた気がした。
「昔の男を忘れる方法、教えてやろうか」
 呟き、前髪を掻き上げて口付ける。舌を滑り込ませ、ちゅくちゅくと水音を立てて絡めた。
 ややあって唇を離すと、教え子は自嘲気味に笑った。
「今のキスが?」
「足りないってんなら付き合うが」
「なら、もうすこし」
 誘っておいて、バートレットは少し驚いた。この先は拒絶するかと思っていた。
 彼も、今くらいは胸の荷物を降ろしたいのかもしれない。心労も募る一方だったろう。或いは純粋な寂しさもあるのかも知れないが。
 酒の勢いで教え子と、など。後の自分は後悔するかもしれないが、それは未来の自分が考えればいい。そんないい加減なことを考えながら、バートレットはブレイズのシャツを捲りあげ、胸元に唇を押し当てた。
「ヒゲ、痛い」
「授業料としてとっとけ」
 抗議の声は存外に素直で、それが意外ではあった。ちゅ、ちゅと音を立てて肌に口づけ、時折吸い上げた。
「ん……う」
 呻く声は恥ずかしがるようなそれで、震える身体をバートレットは見下ろしていた。太腿に唇を滑らせ、ブレイズの表情を伺い見る。
 髪で隠れた顔を見るため、赤毛を避けた。恥ずかしそうなそれを見ると、自然と笑みがこぼれる。
「欲しいか?」
「じらすのは、やめてください」
「ちょっと素直になったな」
 呟いて、ハミルトンの奴にはもっと素直になるのだろうか、と思った。
 焦らしながら後ろを解し、様子を伺う。触れるたびに少しずつ反応が素直に、そして顕著になってゆくのが楽しかった。バートレットの知る限り、ブレイズという男はいつもどこか冷めていた。それが花が開くように乱れていく。紛れもない、俺の手で、だ。
 熱を穿てば瞳から涙が零れる。痛みよりも快感が優っていると分かるのは、熟れたように赤く染まった全身のせいか。
 隊長、と熱に浮かされた声が耳についた。隊長、隊長、と何度も呼ぶ声が喘ぎ声に混じる。
(これは、溺れたのはブービーの方じゃなく、ハミルトンの奴のほうかもしれねえな……)
 そんなことを少し残った理性の中で、バートレットは思った。



ALLEN C HAMILTON, DEC 28 2010


 サンド島副司令官であるハミルトンという男は、生まれも育ちもオーシアであったが、その幼少期は平穏なのではなかった。
 家は財界で有名な家系であったが、そのも昔の話。没落する様は実にあっさりとしたものだった。父は精神を病んで死に母もまたその後を追ったが、そこで人生は一転する。母の兄は軍人であり、ほとんど否応なしにハミルトン自身も軍人となった。
 叔父は生粋の軍人で、また必要以上に厳しかった。現在のハミルトンが副司令官の位置にあるのもまた、少なからず叔父の力が働いたからだろう。もっともその叔父ももう、既に他界しているが。
 山のように学んだことの中には歴史学もあり、書籍でもベルカ戦争のことも大きく取り上げられていた。悲惨な史実、鬼神をはじめ名を残した者たちは数多くあれど、ハミルトンの目に留まったのはただ一人だった。
 オーシア国防空軍第8航空団第32戦闘飛行隊、ウィザード隊隊長であったジョシュア・ブリストー大尉である。テロリストのリーダーとなった彼は、世間では犯罪者だが、ハミルトンにとっては英雄に近い存在だった。
 そこにある明確な意思。力のある意志。客観的に語られる彼の輪郭から感じる器と思想の高さ。彼こそが己の中のエースだと信じて疑わなかった。彼がオーシアの軍人であったから、自分も叔父の必要以上に冷酷な教育も耐えてきたのである。
 彼は少しやり方を間違えただけだ。ほんの少し。そう、少しだけ。
 受話器を置き、ハミルトンは息をついた。
 事態は想像以上に深刻だ。ユークトバニア首相が救出され、すぐにでもオーシア・ユークトバニア両者の和解が大々的に報道されるだろう。
 根回しは既に済んでいる。核を餌にぶら下げて。
 電話が鳴る。それを取って「Hello?」と言えば、相手もまた同じ言葉を返した。
『準備はできたか?』
 ああ、アシュレイだ。
「これから出るところです」
『バルライヒで喰いとめるのは難しいかもしれないな、アレン?』
「手は打ちました。オーシアで私が扱える戦力はまとめてあります。それにあちらの脅威はラーズグリーズのみです」
 ラーズグリーズの名を口にした瞬間、背筋が寒くなるような気がした。恐怖しているのか。そんなまさか、と自分を叱咤しながら。
 アシュレイはこの状況でも、いつもの冷静さを崩さない。氷のようなその態度、しかし時折焼けた鉄のような激しさを持つ彼が、ハミルトンは好きだった。
『そのラーズグリーズだが。どうも頭から離れないんだ』
「何がです?」
『機動だよ。ラーズグリーズの隊長機が、君の可愛いツバメと似ている気がしてな』
「死んだはずです、彼は」
 ハミルトンは一笑に付したが、不意にアシュレイが黙ってしまい、またハミルトンも言葉を失う。
『ウォードッグの亡霊、かも知れないな』
「あなたらしくない……さっきから一体何を」
『すぐ目にすることになるだろう。手はずどおり、君はスーデントールの戦いへ赴け。万一ウォードッグの亡霊だったとしても、己の手で消してしまえば良い』
「……はい」
 返答に満足したのか、アシュレイはそこで電話を切った。彼はバルライヒ山脈には赴かない。万が一SOLGの制御が破壊された時、落ちてくるSOLGを破壊させないよう守るためだ。
 自分もそれに供したかったが仕方ない。ハミルトンがまとめなければ、折角集めた戦力も烏合の集と化す。
「亡霊……か」
 呟き、ハミルトンは部屋の中を見遣った。当然彼はいない。
 あの頃はそれが刹那だと分かっていたというのに、今となってはどこまでも遠く感じる。過去を惜しんでしまう気がする。
 それを振りきるように、ハミルトンは部屋を後にした。








さえずり、響いて
It is necessary heat.