DARYL "BLAZE" RODINA, OCT 06 2010


「シンファクシが落ちるところを見たよ。いい腕だった。『ブレイズ』」
「…落としたのはアークバードです」
 些か可愛くない返答だとは思いつつも、俺は答えた。金髪を揺らし、ハミルトン大尉が笑う。
「君は褒められるのが苦手か?」
「……実感が、ありません」
 視線を逸らし、そう答えた。事実だ。褒められた経験など大してない。慣れていないことだ。
 くすぐったいというよりは、落ち着かない。そう思うと、前隊長…つまりバートレット大尉の褒め方は肌に合っていたのだろう。
 納得、自分の手腕の正常さを確認できる言葉。のしかかるわけでもなく、自然と入り込んで肩の力を抜くことができる。いなくなってからそれを実感していることに、少しの驚き。
「君の飛び方は少し肝を冷やすが、いつもギリギリの線で制御している。いい腕だよ。氷のように冷静で正確だと思えば、情熱的に敵機を追いまわす荒さも見せる」
 彼の指が、俺の赤い髪を一房つまんだ。指を滑る髪が、視界の端に写り。顔を上げる。
 ハミルトン大尉の手が、そっと頭を撫でた。そのしぐさひとつも、どこか紳士的で気品らしきものを感じる。
 きっと、良家の出なのだろう。整った顔、見惚れる金髪。どこの誰とも知れない俺とは違う。
「今日は、どうしてここに?」
 その話題を逸らしたくて、そう問いかけた。いつも呼び出されるのは執務室であるが、今回は違った。ハミルトン大尉の私室―――つまりプライベートな空間ということだ。
 俺とチョッパーが二人で使っている部屋よりも、ずっと広くて整頓されている。
 尊敬に―――値する人だ。司令官のように尊大でもなく。エースパイロットとして優秀な腕を持っている。
 憧れる心が、彼と身体を重ねるたび、日を追うたび、高まっていくのが分かる。
「勇者に報酬を与えたいと思っただけだよ。死線をくぐった後には、甘えることや骨休めも必要だと思ってね。ただ君は、それが上手くできない子だと思っている」
「否定は、しません」
「本音は、私が個人的に称えたいといったところだ」
 俺に椅子を勧め、座ったその前にある丸テーブルのワインを、大尉が開けた。こつん、とグラスが置かれ、赤い澄んだ液体がワイングラスに注がれていく。
 ちらりと大尉を見る。飲みなさい、という意味なのか、軽く手の平でワイングラスを示した。
 一人で飲むのもどうかと思われたが、大尉がそうしなさいと言うならば受け取らないわけにはいかない。
 こくり、と一口。思ったよりもさらりとした口当たりに、ワインなどろくに飲んだことがない俺でも、もっと飲めそうだと思える。
「飲みやすいものを用意したが、どうだね」
「…とても」
「そうか、選んだ甲斐があったというものだ」
 微笑むハミルトン大尉の表情に、胸がやんわりと掴まれたような心持ちになる。
 なにか、なにか。この人の期待に応えたい。
 そんな気持ちの現れか、こくりこくりとワインを飲みほす。意外にいけるものだと、自分でも驚いた。もう一杯注がれたワインを、数回に分けて口付ける。その間、大尉はそっと、優しく微笑んで見ていた。
 どれくらい時間が経っただろう。頭がゆったりと重くなっていき、とうとう座っているのも困難な状態になってくる。
 机に突っ伏すなんて見目の悪いことを、大尉の前でなんてとんでもない。
 しかしもう頭がゆらゆらと揺れて、座っていられない―――。
 そんな中、伸ばされた腕が自分を支えた。どことなく覚える安心感。そっと体重を預けると、抱え上げられ、そのままベッドに降ろされる。
 この人の、匂いだ。
 そんなことを思っていると、いつの間にか大尉の手が、制服のボタンを外していっていた。
「大、尉……」
「心配ないよ」
 はだけた制服の間に、彼の腕が入る。指が肌を撫でた後、胸の突起に吸いついた。指先で弄ばれれば、普段は抑えている声も漏れてしまっていた。


 自白剤でも飲まされると、こんな気分になるのだろうか。
 意識が朦朧として視界がはっきりしない。頭が常に重く、ふらりふらりとする。ただ自分を肘で支えるのが精いっぱいで、ぐずぐずと前を嬲られる快感に、やがて立てていた肘を崩した。
「っひ、はぁはぁっ」
 声を抑えることも、なぜか思いつかなかった。普段ならば邪魔をしている、余計な羞恥心もどこかへいってしまったような。
 肘を崩したせいで上半身をベッドに突っ伏したまま、頭をシーツに埋めていたが、繋がっているせいで、腰だけは高々と浮かせていた。内腿に指が這うだけで、溜息どころでは済まない快感が襲いかかる。
 勝手に腰が動き、朦朧とする意識とは正反対に、身体が彼を求める。
「積極的だな。私は動いていないのに」
「………ッ!」
 耳元で囁かれる言葉に、少し唇を噛み締める。僅かに戻った理性はしかし、下半身の動きを止めるのには至らない。
「、い…さ、……っう、下…!」
「うん?」
 耳元で唇が触れる感触に、ぶるりと身体を震わせる。それだけで達しそうなのに、根元が締めつけられているせいで、それが叶わない。
「…き、たいっ…」
「私がいいと言うまでだめだ。行儀良くね」
 無理、とは言えずとも。かぶりを振るのを見て、もう一言付け加えられる。
「腰の振り方は教えたろう?」
 そう言われては仕方なく、シーツを握り締めて、腰を突きだすようにして角度を変える。客観的に見たら、どんなに卑猥かなんて考えてはいけない。中にあるものの角度が変わると、内壁に当たる角度も変わり、それだけで震えるくらいの快感が身を襲う。
「ん、…はっ、あっあ、くぅんっ…あッあっあうぅっ」
 最初はゆるく、次第に速度を速めて、擦りつけるように腰を動かしていく。体勢のせいで滑らかには動けず、がくりがくりと揺さぶるような動きになってしまうのは致し方ない。
 それでもすぐ耳元で、ハミルトン大尉が息を詰めるのに、奇妙な幸福を感じる。
 動き出すと、今度は自分の意思で止められなくなってくる。繋がった部分が音を立てるのも興奮を煽り、あまりの気持ち良さに、おかしくなれそうになってくる。
「あっあ、あうっんっん、ん! …っも、…きたい、イきたい…っ!」
「ああ…、いいよ、イくといい」
 出口を締めつけて押さえていたものが解かれ、腹の底から中のものを締めつけるような、そんな感覚を覚えながら。振っていた腰をびくりと止めると、そのまま抑えられていたものを全て吐き出すように、白濁色の液体をシーツに吐き出した。


 定まらない視界の中で、かち、かち、と音がする。時計の針の音だと気づき、はっとしてうつ伏せていた身体を起こした。
 時計を探して視線をあちこちに向ける。デジタルの置時計が示す時刻は、0730。
「寝て…」
「死んでいるようだったよ」
 かかる声に、しかし振り向くことはしなかった。振り向かなくとも誰かは分かる。ちらりと横目で見ると、ハミルトン大尉がいつもと何ら変わりない様子で立っていた。着衣をしっかりと整えて、すぐにでも外に出れるような状態と、よく見れば未だにシャツ一枚のまま寝台に転がっている自分を比較して、頭を抱えざるを得なかった。
 自分が来ていた空軍の夏服は、椅子の上に畳んで置かれている。シャツは恐らく大尉のものだろう。
「…申し訳ありません」
「何も、謝ることはない」
 畳まれている服を取って羽織り、袖を通してボタンをとめる。同様にズボンを履いてから、ポケットの中身を確認した。部屋の鍵はきちんと入っている。同室のチョッパーに、なんと言って誤魔化すか、それを考えると頭がいたい。
「……ハミルトン大尉」
「うん?」
「どうして俺なんかに構うんですか」
 つい先日までは―――もうだいぶ昔のような気もするが―――練習生だった新米パイロットだ。彼との関係はもう数か月も前からだが、その辺りにいる新米パイロットと変わりない自分が、なぜ、と。
「そうだな…、愛しているから、と言っても君はなかなか信じないだろうな」
 腕時計を見につけながら言う彼に、少し目を伏せた。見抜かれている。
「少し無理やりでも、身体で甘える方法から教えれば、少しは言葉や態度でも素直になれると、思ったが。―――まあ、そのうちにね」
 その言葉には頷かず。しかし噛みしめるように深く息を吸って、吐いた。








となりあわせ
I still can't see the destination.