DARYL "BLAZE" RODINA, OCT 17 2010


「何か口に入れるものでも持ってこようか」
 ばさ、と衣擦れの音を耳にして、ブレイズは視線を上げた。
 ベッドに寝そべる自分とは対照的に、脇に立つ男の姿。ハミルトン大尉その人だ。
 彼は既に衣服をきちんと整えており、涼しげな顔でこちらを見下ろしている。だがこちらはどうにも動けない。服の代わりにシーツを腰元まで被り、寝台にべちゃりと潰れている様はカエルのようだと自分で思う。
 みっともないし、何より上官の前である。佇まいをなおしたいのは山々だが、この状況を作ったのもまた、ハミルトン大尉その人である。
 答えに困っていると、後頭部を混ぜるように撫でる手を感じた。
「答えは?」
 問いかけは、柔らかく優しい。こういう時は大概、黙っていると次にこう言われるのだ。君はもっと素直になったほうがいい、と。
「……お願いします」
「待っていなさい」
 かつん、かつんかつん。ぱたん。
 響いた足音が、閉じられたドアの向こうへゆっくりとフェードアウトしていくのを聞き、身を捩ってなんとか上半身を起こした。
 彼の私室で身体を重ねるようになったのは、つい最近のことだ。それまでは、執務室だの資料室だのに呼ばれることはあったが、私室に呼ばれることはなかった。また、彼の抱き方も変わったように感じる。
 以前はこんなに身体に負担がかかるほど、貪られたことはなかった。いつもどこか上品で紳士的だったし、自分から見て節度のある大人という枠組みの中に彼はいた。
 変わりゆく戦況。自分。そして彼。
 少し前までは、こんなことを想像すらしなかったというのに、気づけば自分を取り巻くものが大きく変わっている。
 とりあえずは、彼が戻るまでに衣服を正さなければならない。恐らく彼は、プライベートの時間に関してはだが、もう少しくらい横になっていても咎めやしないだろうが、それでも彼の前ではきちんとした部下でいたかった。
 シャツを羽織って袖を通し、ボタンをとめる。ズボンも同様に穿いた。ベルトを通しながら、ふと部屋の片隅に視線が留まる。
 片されている部屋、そのテーブル。使っていないのではないかとすら思える、新品のように綺麗なテーブルの引き出しが、ほんの少し開いている。少し大雑把な人間ならば、見落としてしまいそうなくらいの、隙間だ。
 ただ、だからこそ少し気にかかった。ハミルトン大尉という人は、そんなほんの少しの隙間も残さないように、普段から行動するような人だ。だからこそ尊敬に値するわけで、その引き出しの隙間を少し珍しい、と思った。
 そのテーブルに近寄り、引き出しを中指の先で少し押す。だがしかし、これが閉まらない。
 何かが引っかかっているのかと思い、引き出しを開けた。中にはいくらかの紙が収められていたが、その一番上にある紙が、どうも奥の隙間に挟まってしまっていたらしい。
 破かないように引っ張り出し、その皺を丁寧に伸ばした。同時に文面が目に入る。手紙……いや、何かの報告書だろうか? 疑問形なのは、その文字が公用語ではない、異国の言葉だったからだ。
(……ベルカ語?)
 最初は分からなかったが、その特徴からベルカの言葉だと見当をつけた。ベルカの言葉は全くと言っていいほど分からない。ほんの一握りの簡単な単語や数字が分かる程度だ。
 なぜ、大尉のテーブルの中に、ベルカ語で書かれたものが入っているのだろう。
 自分の知らない彼の姿を垣間見たのが、思いのほか衝撃的だったことに驚く。食い入るようにその文面を眺めたが、睨みつけたところでベルカ語が分かるわけもない。
 ただ、その中に妙に目につく数字があった。
(8、4……9、2)
 8492。その数字だけがことさら目立って仕方ない。
 もう少し文面を追おうとした瞬間、僅かに聞こえてくる足音に気付き、その文書を引き出しに押しこんだ。最初そうなっていたように引き出しを閉じ、近づいてくる彼を待った。








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