EAGLE EYE - AWACS, JUN 13 1995


 機体のエンジン音、アラート、サイレン。出撃時の慌しさ。
 そんな中で直通の回線を使って掛かってきた通話を聞いて、管制官であるその男は苦い顔をした。
 時間はない。だが、その話は無視できる内容ではなかった。
『鬼神が退場すれば、士気が下がる。敵の残存部隊も少ないとはいえない。それは判っているはずだ』
「確かに…戦争はほぼ終結したとはいえ、まだ戦いが終わったとはいえないのは事実だ。しかし…その状態で飛ばせるのは無理だ」
『ガルム1がいれば、問題ないんだろう?』
「…何?」
『ガルム1、サイファー、鬼神…。そう呼ばれて、そういう飛び方をする奴がいれば、問題ない。違うか、イーグルアイ』
 今起きているのは、紛れもない戦争だ。それ以上でも以下でもない。その結果が、どうあれ。
 そして、雇い主の意向ならば戦うのが責務、それが傭兵だ。そういった意味では、イヴァン・ロディナは優秀な傭兵だと言えた。感情の挟む余地などなく、淡々と、完膚なきまでに屠るその様。味方にさえ畏怖を抱かせるほどの、脅威たる戦闘機乗り。
 ウスティオがベルカへの反撃にと辛うじて編成した傭兵部隊。その中から、これほどの脅威が頭角を現すことなど、誰が予想できただろうか。彼の戦果が戦局を変え、戦場の風向きを変え、そして、戦争の行方さえも変えたといっても、過言ではない。
 逆に言えば、彼が居なくなったとき、その戦局が逆転する可能性も孕んでいるということだ。
「…否定はしない。しかし…何をする気だ」
『俺が出る』
 通話の向こうから、エンジン音が聞こえてくる。声は淡々と静かだ。
『Mig-31 Foxhound、コールサインはガルム1。許可をくれ』
「…」
 歯噛みする。他の通信回線からは、着々と戦況報告や解析結果が流れてくる。時間はない。結果的に、悩んだのは数秒程だったが、やけに長く感じられた。
「離陸を許可する。戦果を期待しているぞ。………サイファー」
 通話口の向こうで、微かに笑う気配がした。



LIENHARD "CHIPER" KIER, JUN 13 1995


 今の自分は、グラオ2・シュヴェルトではない。目の前にある、Foxhoundの計器が物語っている。
機体が違うことなど、今までにも何度もあった。やってやれないことはない。ただ───。
 『彼』と、自分の飛び方は、全く違う。
 最適化した機動で最短の戦果を求める、自分の飛び方と。
 最高の戦果のために最適化された、彼の飛び方と。
 似ているようで全く逆の方向を向いている、その在り方。
 戦場で見た、彼の機影を思い出す。そうだ、あの機動をしなければならない。誰よりも速く、正確で、非情な───誰もが畏怖を抱く、鬼神のそれ。
 短く息をつき、真っ直ぐに前を見据える。逃げることなど許されなかった。それは、己自身で選んだことだから。「サイファー」のTACを、ガルムの隊章をつけて空に出ることを。

(なぜ?)

 見上げる、青い目が。
 いつも冷静な、管制官の声が。
 そして何より、己自身が、そう問いかける。

 ただ、そうしなければならないと思った。
 あの震える手を、目の前に居る弱い存在を、守らなければいけないと。そうしなければ、己の在り方を否定するようで。
 もしかしたら、無慈悲に敵を屠る鬼神よりも、自分は異端なのかもしれない。戦う理由を、自分ではない他人に見出す、そのことが。
 それでも、決めたのは、俺だ。
 やがてFoxfoundのエンジン音が、空に意識を向けさせた。








つるぎをささげる。
Die Geschichte vom Ritter.




S真先生に頂いたテキストに、若干の加筆修正を加えました。