LIENHARD "CHIPER" KIER, JUN 13 1995
怯える様も、静かなものだった。
ベッドに押し込んで帰ってくると、イヴァンは確かにそこにいた。ほっと一息つき、髪から頬を順に撫でる。
ぼんやりと、その目は今までに見た、彼のどんな瞳よりもそれは虚ろだった。
(それでも―――)
手を離し、心の中でぽつり呟く。
(ここには、いる)
それが何よりの救いだ。
「何か飲み物でも貰ってくる。もう少しここにいろ」
囁くような耳元で言うが、目立った反応はない。しかし聞こえているはずだ。
だが、扉に手を掛けた瞬間、ミサイルアラートよりも背筋が凍るような、
「あ、ああ…、ああああああああああああああ!!!!」
絶叫に、即座に振り返った。
シーツを握ったままのイヴァンは、握りすぎて震えるほどに手に力を込めていた。
顔色がみるみるうちに青くなってゆく。身体を丸めて絶えず叫び、震える腕を怪物でもみる見るような目で凝視している。
「イヴァン、どうした、落ち着け」
背中に触れ、撫でる。目を見開き、こちらをじっと見据える。
何故、とその目が言っていた。
そうだ…、彼は、
誰かに縋ることすら、知らないのだ。
そう悟ったときには、震える腕も、丸められた身体をも包むように、自分の方へと抱き寄せた。
耳元で聞こえる荒い吐息。過呼吸。混乱しきって震える手。
乱れる呼吸の合間に、イヴァンの途切れ途切れになった声。
「キー、ア、おれ、おれは」
「無理に話すな」
「俺は…、これが、…っ、なんて気分なのか、名前も、知らない…!」
肩に掴まる手の力が、一段と強くなる指先が食いこみ、痛みすら感じた。
「おかしく、なる…」
少しの沈黙の後、そう呟いたイヴァンが、首元に顔を埋めた。
触れた部分に、濡れた感触を感じる。泣いているのか。
絶えず続く呼吸音。肩を引き離すようにして、彼の頭を離した。
見つめる間もなく、頭を支えるように抱えて口付ける。過呼吸に喘いでいた息が押し込まれた。
単純に苦しかったのだろう。引き離そうとする腕を、手首を掴むことで抑止する。唇を塞ぎ込み、背中を撫でれば、いつもの肺呼吸へと戻ってゆく。
ややあって、唇を離した。呆然とこちらを見る目には、様々な感情が混じり合いすぎて、何も読み取れない。
「…すぐには、その気持ちに名前などつけられない」
けれども、俺がサイファーである限りは。
お前も、お前のFoxfoundも。守る。
モラトリアムをつくる
In einem Miniaturgarten.
S真先生に頂いたテキストに、若干の加筆修正を加えました。