PATRICK "PJ" JAMES BECKETT, DEC 25 1995


「ずっと不思議だったんですけど」
 ブリーフィングに向かう廊下で見知った相手に出会った。行き先が同じなので、自然と並ぶ形になる。
「それだけ腕があるのに、何で飛ばなかったんすか」
 口にして、ちらりと隣を見上げる。視線に気付いたように、鳶色の瞳がこちらを向いた。慌てて目を逸らす。
「…必要なかったからだ」
 端的な答え。こういうところは、確かに少し、似ていると思った。


 グラオ2・シュヴェルト。自分のコールサインがクロウ3だったときには、彼はそう呼ばれていた。
 特筆した戦果は聞いたことがなかった。ましてや、サイファーに匹敵するそれなど。
「グラオ隊で必要だったのは、適切な状況把握能力と、個々の能力を活かしきるだけの戦術だ。単機で敵陣を叩き伏せる能力じゃない」
「けど!」
 思わず足を止めて、PJは叫んだ。
「事実あんたはこれだけ飛べる! なのに、なんで…そんな」
「…」
 分からなかった。自分よりも遥かに速く、正確に。それだけの技術があるのに、なぜ。
「『シュヴェルト』じゃなくて、『サイファー』として、飛ぶんだ…?」
 部隊も、TACも違う。自分のように、部隊が移ったわけではなく、全くの別人として。
 どれだけ戦果を上げたとしても、それでは正しく評価されない。彼の上げた戦果は全て、ガルム1・サイファーのものとしてしか評価されないのに。
 かつん、と靴音を立てて、彼が振り返った。
「円卓の鬼神が、この戦いから退場する訳にはいかない」
 冷たい声。その裏の感情を読ませない、声だ。
「…なんで、そこまでして、サイファーをかばうんだ」
「PJ」
 彼は、少し目を細めて、僚機のTACを呼んだ。どんな言葉が来るのかと思わず身構える。が。
「お前は、目の前で子供が転んでいたらどうする」
「は…?」
 ―──投げかけられたのは、全く予想外の質問だった。反応に戸惑いはしたが、PJにとって、それは迷うほどの質問ではない。
「え、そりゃあ駆け寄って、大丈夫か聞く、かな…」
「子供が一人だったら?」
「親のとこまで連れてきますよ」
 質問の意味を図りかねつつ、思ったままを素直に口にする。彼はその答えを聞いて、少しだけ笑った。
「…俺がしているのは、そういうことだ」
「??」
 思わず首を捻るが、相手はそれに構うことなく踵を返し、ブリーフィングルームへと歩いていく。PJは解消されない疑問に悩みつつ、それを追いかけた。








無償だからこそ
Es gibt die heilige Sache.




S真先生に頂いたテキストに、若干の加筆修正を加え…ませんでした。