LIENHARD "CIPHER" KIER, DEC 31 1995


 B7R、通称『円卓』。
 ベルカ公国の絶対防衛戦略空域として名を馳せたそこは、今はクーデター軍の支配下となっている。友軍は別ルートにてアヴァロンダムへ進軍、そして俺は───。
<<エリアB7Rにレーダー反応。敵性航空部隊の接近を確認>>
<<別の空路をとっている暇はない。『円卓』の敵勢力を排除、突破する>>
 AWACSから無線。無論、簡単に通過させてもらえるなんて思ってはいない。想定の範囲内だ。そう間なくIFFが敵性編隊の存在を知らせてくる。同じくして、聞きなれない男の声。
<<キサマが鬼神か。待っていたぞ>>
<<…そんな歓迎は必要ない>>
 視界によぎる青と白のペイント、F-15Sの編隊。ソーサラーの呼び名を持つオーシアの空軍部隊だ。クーデター軍にはあらゆる場所からの人間が集まっているらしいと聞いてはいたが、本当にここまでとは。
<<我々は『国境無き世界』の住人。まがい物の英雄は始末する>>
 無線から流れてくる敵の声。思わず口元が歪んだ。
 まがい物の英雄か、間違っては居ないな。半年前に円卓で猛威を振るった『鬼神』と、ここにいる『鬼神』は別人なのだから。
<<『国境無き世界』は、如何なる国家にも属さない。全人類理想の軍隊だ>>
<<制約も争いもない。理想の世界だ。線なぞは消し去る>>
<<……言っていろ>>
 理想だけでは生きていけない。その理想で、どれだけのものが救えるというのか。制約も争いもないのが理想だというのなら、その理想になにが在るというのか。俺はそんな空虚なものを追い求めたくはない。何より。
 ───たった一人も救えない理想など、認めるわけにはいかない。
 理想ひとつで救えるなら、今こうして、サイファーであるともなかっただろう。
 散開して迫る機影を避けて距離をとれば、すぐにミサイルアラート。明らかにMSSLの射程外…XLAAか。面白い。
<<ガルム2、落とされるなよ>>
<<わかってますって!>>
 PJの声。こちらは2機、向こうは4機編隊…いや、それ以上か。落としても落としても出てくるのなら、出てこなくなるまで落とすだけだ。
<<このチャンスを逃すわけにはいかない>>
 そんなものはお互い様だ。すれ違いざまに一機、ヘッドオンキル。煙を吹いて落ちていくのが見えた。
<<奴らを撹乱しろ。数を利用するんだ>>
<<鬼神の飛び方か。羽をもいでやれ>>
 できるものならやってみるがいい。言っている間に、そちらの羽がなくなっても知らないが。
<<誘い込むぞ>>
 ────どっちが、だ?
 予測どおりの機影、追尾してくるMSSLを避わし、即座に反転してまた一機。

 イヴァンなら、『サイファー』なら。もっと容赦なく飛ぶのだろうか。
 息をするように敵を狩る、あの純粋な無慈悲さで。
 機体を駆るのは、殆ど反射だ。
 視界の一部のようにレーダーを確認して、捕捉、撃つ、避ける、旋回して。…それを繰り返す。判断するのは、ロックオンしたのが敵か否か、それだけだ。
 機械のようだ、と。そう評されていたのは仕方のないことかもしれない。最適化した機動は、優秀なオート機構に似ている。ただし、戦闘機動をオートにすることは出来ないが。
 感情や、そういったものを持たない代わりに、戦う技術を詰め込んだイヴァンは、それが出来てしまった。限界まで最適化した戦闘機動、CPUのそれよりも速く、思考するよりも正確な、飛行。
 その飛び方をトレースしているうちに、俺も似てきたのかもしれない。

<<全てを焼き尽くす傭兵か。噂通りのパイロットだ>>
 敵影は半分ほどに減っていた。レーダーを見ながら他人事のように思う。
 全てを焼き尽くす? 違うな。ただ、『円卓の鬼神』は敵対するものに無慈悲なだけだ。
<<…理想で空を飛ぶと、死ぬぞ>>
 いつだったか妖精がPJに告げた言葉だ。理想だけを掲げて飛ぶには、円卓の空は重すぎる。向かってくる敵機を、正面から迎え撃つ。
<<飲み込むつもりか>>
<<違うな、食い尽くすだけだ>>
 最後の一機をヘッドオンキル。黒煙を棚引かせて落ちる青い機体が視界から消えると、ノイズ交じりの無線が耳に届いた。
<<本物の英雄は『アヴァロン』に眠っている>>
<<…英雄?>>
 思わず呟いた言葉の応えはなく、代わりにAWACSから敵性沈黙の無線が届いた。続いて、空中給油の後そのままムント渓谷へ向かえという指示。了解の意を伝え、機首を支持された方角へ向けた。  ───まだ、これからだ。








トレース、シンクロ。
Ich werde mit der gleichen Farbe befleckt.




S真先生から頂いたテキストに、若干の修正を加えました。