IVAN RODINA, DEC 31 1995


 ぼすん。
 襟首を掴まれていた手が離れ、指令管制室の硬い椅子の上に座らせられた。
 溜息をついて、恐らくは今までそこから作戦指示を出していたであろう、中央の椅子に男が座る。ウスティオのAWACS、その管制官であるイーグルアイだ。
 起きた時には、既にキーアの姿はなかった。やられた。もう昼下がりどころじゃない。あのココアに睡眠薬でも混ぜられたのだ。
 震える足を叱咤してハンガーへと向かった。やはりだ。Foxfoundがない。
 完全に出遅れたか、と唇を噛んだ頃、イーグルアイに見つかったのである。踵を返そうとしたところを、しっかりと襟首を押さえられたのであった。
 AWACSに搭乗するのは、これが初めてだ。当然である。俺は傭兵であったのだから、乗るべきは戦闘機。管制機ではない。
 予想よりもずっと広い機内、情報士官がじっとレーダーやモニターに張り付いている。
 この場所の中では、明らかに自分は異質な存在であることを、自分自身感じていた。
「…イーグルアイ」
「グラオ2がサイファーになると言いだした時、承諾したのは私だ」
 名を呼ぶと、数歩の距離にいる管制官の背中はそう答えた。
 背丈などは自分よりもずっと高い。面は子供が泣きそうな強面であり、身体つきもそれに準じたように、がっしりとしている。スキンヘッドであるため、余計にガキは泣くだろうな、とグラオ3は笑って話していた。
「私は、君に彼らの最後を見届けさせることを選んだ」
「それは管制官として?」
「エリアB7Rにレーダー反応、敵性航空部隊の接近を確認」
 返答はなかった。レーダーが掴んだ航空部隊が、はっきりとモニターに映っていた。迷いなくこちら―――いや、彼らの方へと向かっている。
「別の空路をとっている暇はない。『円卓』の敵勢力を排除、突破する」
 モニターに映る空、それは約半年前に飛んだ空だった。見慣れたFoxfoundの姿。
 キーアの、いや、サイファーの軌道をよく見る。
 ああ、あれは、俺の軌道だ。
 半端無意識的に行っていた、俺の飛び方。
 B7Rを通過し、ムント渓谷へ入っても、それは変わらない。低空飛行なのに、躊躇いなくスピードを上げていく。危ないと思いきや、危機をするりと回避して、隙あらば撃って。
 あの角度、ミサイルのタイミング、橋の抜け方―――。
 キーアの実力を再確認すると共に、彼は、しっかりと俺を、俺の飛び方を見ていたのだと。そう心に響かせていく。
<<2機抜けた!>>
<<抜けたのはどいつだ? ガルムか!>>
 渓谷を抜けた瞬間、管制室に感嘆の声がいくつも漏れた。ガルムが2機抜けたのだ。
<<ダムの底に発射制御装置が3箇所ある。そいつを破壊しろ!>>
 イーグルアイの指令に、了解の声。
「ダムの底…? そんなところにどうやって…」
「施設には隔壁がある。…あれだ」
 モニターに映る画面。建てられたガンタワーの射撃を潜り抜け、俺のよく知る機体がダムの表面に直撃する。
 いや、障壁の開いた部分から、するりとFoxfoundが入り込んだのだ。
「ああ…」
 お前は、本当に、「サイファー」になったんだな。
 俺は、どうして―――ここに、この戦争にまだ身を置いているのだろう。
 分からないまま、ただ、じっとその機体を見つめていた。
<<V2制御施設の全破壊を確認!>>
 ぼうっと見ていた意識が、イーグルアイの声で我に返った。予想よりもずっと短時間の間に、ターゲットを全て破壊していた。その手早さに息を飲む。
<<これより状況確認に入る。サイファー、PJ、上空で待機せよ>>
<<これで戦争も終わる>>
 上空に出てきた「サイファー」とPJが合流した。安心しきったPJの声。あまりにも手際よく済ませられた分、拍子抜けすらしている自分に気づく、陽気なPJの声は、尚も続けた。
<<俺、実は基地に恋人がいるんすよ。戻ったらプロポーズしようと、花束も買ってあったりして>>
<<警告! アンノウン急速接近中!>>
 声と同時、ガタン! と物音がしたのに見遣ると、イーグルアイが立ち上がっていた。前のめりになり、叫ぶ。
<<ブレイク! ブレイク!>>
 強い光がモニターからあふれる。目を細め、手のひらで光を遮りつつ、モニターを注視する。止んだ光の向こう、落ちて行くPJの機体に、呼吸することを忘れた。
 何より、近づいてきた、あの機体。
 まるで見たことのない機体。なのに、なのに。
 片方の羽だけが赤くペイントされた、あのカラーリングは、懐かしいとか、そんな一言では括れなくて。
<<戦う理由は見つかったか? …相棒>>
 あの、声。
 カタカタと唇と指先が震えた。








懐かしみ、水平線の上
Blaue