LIENHARD "SCHWERT" KIER, APR 16 1995


 個室をノックされる音に、リーンハルト・キーアは顔を上げた。
 ウスティオが再編した傭兵部隊のひとつ、グラオ小隊の二番機パイロットである。キーア自身はウスティオの出身だが、傭兵であることには変わりがない。情けない事情を吐露してしまうなら、貧しかったために軍に入ることができなかったのである。
 グラオ1―――シュペーアは謙虚な男で、噂のピクシーが所属しているガルム隊が目立つこともあり、グラオ隊は地味な存在だ。しかし、汎用性と機動力の高さを軍は認めてくれているようで、先の171号線奪還作戦での戦果から、小さいながらも個室を与えられた。
 読んでいた本に栞を挟み、椅子から立ちあがって扉を開けた。
 目に入ったのは金髪の男だ。名前など聞かなくても分かる。
 片羽の妖精その人だ。だがその片羽が、己の部屋を訪ねる理由が、キーアにはまるで思いつかなかった。
「片羽が何か用か?」
「グラオ1に聞いたんだ、この基地で一番読書家なのは、グラオ2だってな」
「…妖精は読書家か?」
「まあな。けど読むのは俺じゃない。お前、絵本とか持ってるか?」
「いや、持っていない」
 怪訝な顔をして見せると、ピクシーは言葉を注ぎ足した。
「サイファーに読んでやるんだよ。あいつに会ったことがあるか、グラオ2?」
「いいや」
 被りを振る。
「なら一回見てみるといい。納得すると思うぜ」
 そう言うピクシーの後をついて歩き、彼らの部屋の前で立ち止まった。
「共同部屋なのか?」
 軽い驚きと同時に、疑問が口をついて出る。ピクシーはただ、肩を竦めただけだ。
 扉を開けて、中に入るピクシーに続いた。
 二段ベッドにロッカー、テーブル。先の作戦で、グラオ隊よりも戦果を挙げていたガルム隊のエースが使う部屋には、とても見えない。まして二人部屋など。
「サイファー」
 二段ベッドの下、暗がりの中で、ベッドの上に投げ出されている足が見えた。
 覗きこんでみると、壁に背中をつけ、棺桶に入れられる死体のように指を組んでいる様子がさらに見える。
 薄灰色の髪の下は、ティーンエイジャーのようだと思った。
「まさか未成年…?」
「そう思われても不思議はないが、二十二だ。サイファー、おい、聞こえてるんだろ?」
 眼を開けたサイファーが、ピクシーとキーアを見比べた。青い目だ。空を写したような。
「グラオ2だ。わかるか、サイファー?」
 問いかけると、澄んだ声が応えた。
「グラオ2、シュヴァルト。さっきのミッションでは、最低限のターゲットだけを狙っていた」
 良く見ているものだ。だが微動だにしないサイファーの様子は、安置されている人形か機械のようだ。
 先の作戦では、叩けるものは全て叩く勢いだった。虱潰しに…、軍の施設と思われる民家もすべて焼きつくした。
 炎の如く、狂ったように。しかし動き自体は氷のように、綿密で。
 時折、見ているほうが肝を冷やすような危うさ。
 戦闘狂。それがこんな、子供にすら見える男か。
「見てのとおりさ。サイファーは空の上以外じゃ何もしない。趣味もない。笑いもしない。ジョークも通じねえ。ロボットが皮を被ってる、なんて裏口叩いてるやつもいるくらいだ」
 それも無理のないことだった。無表情なサイファーを見てそう思う。
「子供の情操教育で、歌だの絵本だの…色々あるだろ? だからもうちょっと人間らしくさせようと思ったんだけどな」
「なるほど」
 懐から何かを取り出した。クラッカーの入った袋だ。キーアはそれを一枚取り出すと、サイファーの前につきだして見せた。
「なんだ?」
「子供と仲良くなるには、まず菓子からだろう?」
 そう言っている間に、いつのまにかクラッカーが消えていた。
 やはり無表情で、クラッカーを頬張るサイファーがそこにいた。








心だけでどこまで飛べる?
Ok,zusammen