LARRY "PIXY" FOULKE, APR 18 1995


「俺は子供じゃない」
 あくまで静かな声が、告げた。真向かいに絵本を脇に抱えたピクシーの姿。
「身体はな。だが精神的にはガキにすらなりきれてない」
 そう言われ、サイファーは口をつぐんだ。自分自身、人並みの感情が欠けていることは理解している。そのことに哀しみも辛さもないが。
 空を飛ぶ分にはそれでいい。ミサイルにしろ機関銃にしろ、撃つ時にはそれら情の類いは必要ない。
「サイファー、座れ」
 相棒に言われ、サイファーは渋々、二段ベッドの下段に腰掛けた。どっかりとピクシーも隣に腰掛ける。
 スケッチブックほどもある、大きな絵本を広げて見せる。
 タイトルは、「さみしがりなまじょ」。
「…中世の話だろうか」
「…そういう野暮な突っ込みはするなよ」
 口に出したセリフに、ピクシーが引き攣った笑顔を見せた。こほん、と咳をひとつ落とし。決して上手くはない朗読を始めた。


 とおいとおい、昔のはなしです。
 とある国に、魔女が住んでいました。魔女とは、女の魔法使いのことです。

 魔女は色々な魔法を使いこなしました。
 杖をひと振りすれば、お屋敷がひとつ建ち、花が咲きました。
 植物をすり合わせると、病気によく効く薬を作ることができましたので、
 町の人たちからは、とてもとても喜ばれていました。

 ですが、魔女にはどうしても使えない魔法があったのです。
 
 それは、人間のこどもを作ることでした。

 何度試してみても、魔女には人間のこどもを作ることができません。
 尋ねてくる町の人が子供を連れていると、とてもとても寂しくなるのでした。
 魔女は泥からこどもを作ろうとしました。けれど上手くいきません。
 魔女は草からこどもを作ろうとしました。けれど上手くいきません。

 そして魔女は、いい方法を思いつきました。


「ピクシー」
「ん?」
 ぱらり、とページを捲ったピクシーが手を止めた。
「寂しいというのは、具体的にどんな気分なんだろう」
「あー…」
 金髪を掻き、模索するように、
「孤独だと思ったりとか…、一人でいるのが辛いとか…そういうのだな」
「魔女はずっと一人きりだったのだろう? なぜ今さら寂しいと思うんだ」
「そりゃあ、眼に映る奴らが一人じゃないからだろ? あいつらにはガキがいるのに、自分にはいない…、って具合にさ」
「よく分からない」
 無表情だが、少し何かを考えるように、顎を引いて絵本の中の魔女を、サイファーは見やった。古めかしい鍋の中に入っている、紫色の液体を、大きな棒でぐるぐる混ぜている、魔女の絵だ。
「…朗読、続けてくれ」



LIENHARD "SCHWERT" KIER, APR 19 1995


 トン、トントン。

 控え目なノックの音が聞こえた。
 グラオ2、シュヴェルト―――キーアは、しばらくそれを子守歌の代わりにしていたが、扉の前にある気配は消えない。
 テーブルの上に置いてある懐中時計を、目を皿のようにして見る。午前二時七分。つまり真夜中だ。
 冷たい銀色の扉を開いた。煤けた灰のような色が目に飛び込んでくる。闇に目が慣れていた分、それは余計強い光を反射したかのように見えた。
 見上げる青い目。サイファー。
「なんだ…夜更けだぞ」
「他にアテがなかった」
「何かあったのか?」
「分からない」
 質問には、即座に答えられた。良く分からない、とキーアは顔に出して見せると、さらに説明が足される。
「夜中に目が覚めて、よく眠れなかったから食堂で眠ろうとしたんだが」
「…それは」
「怒られてしまった」
「当然だ」
 溜息。「入れ」と誘うと、素直に部屋の中に入ってきた。
「それに、聞きたいことがあった」
 話はまだあるとばかりに、サイファーは続けた。
「寂しい、というのはこんな夜更けに感じるのか、聞けるのがシュヴェルトくらいしか思いつかなかった」
「寂しい? …サイファーも、そう感じることがあるのか」
「憶測だ。夜更けは、少し変わった空気になるから」
 そこまで聞いたところで、なるほど、とキーアはひとりごちた。
 恐らく、この小柄なパイロットは、それがどんなものなのか、計りかねているのだろう。ピクシーが世話を焼いている以外は、誰かと会話をすることすら珍しい。聞ける相手の中に挙がるのも、いささか疑問ではあったが―――先日のクラッカーが気に入ったのだろうか。
「そうだな…、俺も人間だ。寂しいと思うことはある」
「そうか。そこの椅子を借りていいか」
 青い目が、部屋の隅にある椅子に向けられる。「いや」とキーアは一言で軽く制し、
「どうせ、もう少ししたら交代で周囲の偵察警戒だ。ベッドを使うといい」
「そうか」
 こくん、と頷き、先刻までキーアが使っていたベッドの中に潜り込んだ。
 息をつき、その様子を見てからクローゼットを開ける。決して広くはない個室であるが、ロッカーの代わりに小さいクローゼットがある。
 まだ見回りには少し時間があるが、ジャケットを引っ張りだした。いつでも出れるように用意を済ませてから、椅子に座りサイドテーブルの本に手を伸ばす。
「シュヴェルト」
 声を掛けられ、ベッドの方を見やる。薄灰色の頭が、シーツの中から少し見えた。
「名前は?」
「リーンハルト・キーア。キーアでいい」
「そうか」
 それで気が済んだのか、もそりとシーツの下で動いたのが見えた。
 眠れるのだろうか、と思いながら見ていたが、間もなく寝息が耳に入るようになってきたため、見回りまでの僅かな時間、キーアは本の中身に目を移した。








まだ気づいていない
Eins,Zwei,Drei.