LARRY "PIXY" FOULKE, MAY 28 1995


 同じ部屋で過ごしていれば、肌を見るのも慣れたものになる。
 まして同性同士。そこは気安いものだ。
 だから初めて見た訳ではないのに。俺の手が彼のシャツを捲り上げ、触れる。それだけでどうしようもなく、鼓動が早まっていくのを自覚せざるを得ない。
 陰では散々人外扱いされているサイファーも、やはりただの人間だと思った。触れる部分から感じる体温は、きちんと人並みの暖かさだった。
 俺の様子を見ていたサイファーが、ことん、と横になったまま、頭を傾けた。
「ピクシー」
「…ん?」
 返答に一拍置いたのは、―――照れたからである。こいつ、俺が今から何をするか、分かっていないんじゃないだろうな?
「俺は何をすればいい?」
「あー……」
 そんな改まって聞かれると、恥ずかしいだろ。
 そんな俺の心境を知ってか知らずか、じっと青い目がこちらを見据えてくる。暗がりにいるせいで、それは紺色に近い色をしていたが、その目には疑いも畏れも感じない。
「どんな感じがする?」
 問いと共に、たわんでいるシャツの中に手を滑らせ、胸元を指先で引っ掻いた。目蓋が少し伏せられる。
「よく、分からない」
 嫌ではなさそうなのに、一息つく。あまり嫌悪を露わにすることはないが、拒否の意思ははっきりと示すタイプだ。
「分からなくても構わん。だから隠すな」
「了解」
 言ったな、了解って言ったな。
 もう知らねえぞ、とでも言うように、ズボンを脱がせにかかる。足首を掴んで開かせ、さすがにまだ何の反応も示していないそこを、握りこんで緩く上下させた。
 ちゃんと硬くなってみせるそれを見て、少々羞恥心でも煽ってやろうかと、暗がりの中、彼の表情を伺った時だった。
「………」
 沈黙の中、僅かに吐息を吐く呼吸音。熱の篭もった、本当に小さな音だ。
 息を飲んだのは、俺のほうだった。
 窓から射し込む月明かり程度しか、部屋には明かりがなかったが、それは暗い中でも却ってはっきりと見えた。
 相棒の少し横に向けられた顔、その頬が僅かに紅潮している。細めらた眼は、普段の硝子球のような無機質なものではなかった。
 静かに興奮している様、それを目の当たりにして自身の唇を舐めた。
 ああ、そうだ。サイファーは年がら年中同じ表情をしている訳じゃない。
 情動を感じさせる顔はしないが、痛い時、眠い時、ちゃんとそれ相応の顔はして見せる。
 ただ、この顔を今見せているのは、俺だけなのだと思うと、
 止まらなく、なった。


「う、あ、っは、あっ、あ…!」
 手首を押さえて組み伏せた身体が、断続的にびくびく震える。俺の意思のままに。
「っす、げ…」
 思わず、吐息の合間に言葉が漏れる。目一杯手で握ったようなきつさに、いてもたってもいられない。
 きついそこを、無理矢理開かせるように動くと、骨ばった指が必死に動いた。
「い、たい…、い…あう、うっはあっあっ、あ!」
「駄目だ」
「う、っひ、っい、いっ、ピクシー…!」
 今さら、拒否するように語調が強くなる。珍しい。けど抵抗しないと言ったのは、お前だサイファー。
「サイファー、名前で、呼べ」
 その間も、絶えず奥から擦り上げる動きに、鬼神と呼ばれた男は、開き放しの唇から唾液と、零れる涙に苦しそうに喘ぎながら、意思を持って息を整えにかかる。
「ラ、リー」
 瞬間、電流でも流れたように、身体が震えた。
 理性を全て放りなげ、遠慮というものも知らずに根本まで咥えこませ、中に精液を注ぎ込む。腹の辺りが粘つく感触に見やると、白濁で互いの肌が汚れていた。弛緩する小柄な体躯から、それを引き抜いて抱き寄せる。
 薄灰色の乱れた髪を避け、頬を撫でる。少々汗で張り付いていたが、気にすることはない。
 口付けようと、顎を取ってこちらを向かせた。
 だが―――。
 青い目が、どこか遠くを見ていた。幸福感が一転、絶望に似たものへと墜ちる。
 俺を見ているはずなのに。今さっきまでの瞬間、確かにこいつの身体を支配したはずなのに、
 サイファーの―――いいや、イヴァンの目は、俺ではない、ずっと遠くの虚空を見ていた。








言葉よりも確かなもの、身体よりも曖昧なもの
Die andere Seite vom Glas.