IVAN "CIPHER" RODINA, JUN 13 1995


 新たに与えられたミッションのために、ハンガーに向かう二本の足が、震えた。
 がくがくと揺れて、ついには膝を折る。扉の前、座り込む形になった。
 冷たい床についた手。それを壁へ。身体を支えて立ち上がろうとする。
 指先が、小刻みに揺れていた。
 これは。
 こんなのは知らない。いや、「忘れてしまった」。
 なんだろう。これは。
 カタカタと震える指先を、じっとサイファーは見つめた。骨の浮いている、男の手だ。形や大きさはいつもと何も変わらない自分の手。ただ、震えている。それだけが違う。
 と、目の前の扉が開かれた。見上げると、電灯の光を背にしたキーアが、そこに立っていた。
「………」
 じっと、彼はこちらを見下ろしていた。



LIENHARD "SCHWERT" KIER, JUN 13 1995


 座りこんでいる姿を確認した瞬間、目が離せなくなった。
 じっと凝視し、どれくらい経ったろう。彼もまた、同じように自分を見ている。
 震える指先、身体、唇。
 いつものように、無表情な顔。ただ、その中にどこか呆然としたような、何かを信じられないような、そんな驚きが含まれている気がした。
 そんなに震えて。病気か何かなのだろうか? 知る限りでは、身体を壊した様子はなかったが。
(…いや、病気、か?)
 鳶色の目を細める。
「サイファー」
 少し、息を吸って、吐き。
「……………怖いのか?」
 問うた。その言葉に、青い目が目一杯見開かれる。
 まるで、今気づいた、とでも言うように。
 病だ。恐怖という名の。



IVAN "CIPHER" RODINA, JUN 6 1995


 目の前が真っ白になった時も、ただじっと光っている空を見ていた。
 機体に乗っている時は、いつもそうだ。空ばかり見ている。
 奔る。ひらり、かわす。撃つ、撃つ、撃つ。そんなことをしている間すらも。
 光が止み、計器がひどく乱れる。水平線上にある大陽の上に、もう一つ太陽。
 ああ、これは。核だ。
 交錯する無線、計器の乱れ。手足のように動くはずの機体が重く、鈍い。それでもロックオンと発射を繰り返す。
 ミサイルアラートに、羽を翻らせた。視界の奥に飛んで行くミサイル。目に落としたレーダーは、ノイズがひどいが、全く確認できない訳ではない。
 だが、俺の背にいたのは―――。
<<相棒…。俺は…戦う理由を見つけた>>
 俺に向けての無線は、今日はこれが初めてだった。出した指示に応える声が、今日はなかったから。
<<…ピクシー?>>
 僚機がぴったりと、後ろに張り付いている。決してピクシーの誤射でないことが、二発目、三発目のミサイルで知れた。低空に逃げる直前、機関銃に右翼が削られる。
<<ガルム2何をしている。それは敵じゃない。攻撃を中止せよ>>
 焦るイーグルアイの声が聞こえた。

<<サイファー。お前とならやれそうだ。よろしく頼む。―――相棒>>

 たった数か月前に耳にしたセリフが、頭の中で蘇った。
 その間にも、まるで息をするように、増援をロックオン。こんな時にも、敵を落とすことしかしないのは、身体にそれが染みついているからなのだろうか。
<<ガルム2 レーダーからロスト!>>
 知っている。レーダーをずっと見ていたのだから。
 離脱、そしてロスト。確かに確認した。
<<悪いな。ここでお別れだ>>
 聞こえた無線には、応えなかった。―――否、応えられなかった。
 胸を掴まれたような感覚を、初めて知った。








せめて、苦しむように
Ein Arm