同じだけどぜんぜん違う


「なんとも面妖な」
 足元の黒猫……いや、ゴウトがそう呟くように言った。
 確かに、面妖としか言いようがない。ライドウ自身、デビルサマナーとして幾つもの事件を解決してきたが、それは自身の生きる大正の世での話。ある老紳士の依頼に応えやってきたこの平成の世……そしてボルテクス界では、見たこともないようなものが幾つもあった。
 発光し回転する巨大な機械で空間を転移するなど、全くもって原理が分からない。仲魔にした人修羅にもそれは同じであるらしく、移動と記録を残す程度しか出来ないのだと言っていた。
「……アサクサだ」
 前に立つ人修羅が呟いた。転移先の部屋を出れば、天に輝くカグツチがあった。ボルテクス界独特の淀んだ空気に、少なからず感じる悪魔の気配も感じられた。
「アサクサを拠点にしているんだ。もう殆どのマネカタたちはいないけど、残ってる店もあるし」
「街中であってもなくとも、どの道悪魔の居ない場所なぞ、そうはあるまい」
 どこでも同じだ、と言いたいのだろう。人修羅の言葉を繋ぎ、ゴウトがそう言う。人修羅はこくりと頷いた。
 そのゴウトにライドウはしゃがんで手を差し出すと、するりと猫は登って肩に回る。
「今宵はカグツチが最も輝く日……。大人しく室内で休むのが吉だろう」
「そうだな……。アマラ深界戻りでもあるし、地下で休もう」
 歩き出す人修羅について歩き、地下にある一室に入った。雑然とした部屋の中には、受胎前何らかの貯蔵庫としてでも使われていたいたのか、紙の箱が積まれている。拠点としていると人修羅は話していたが、それらしき生活感を匂わせるのは、眠る時に使っているのだろう薄手の毛布程度だった。
 互いに仲魔を管などに戻し、殺風景な部屋に人の修羅は座り込んだ。背中を壁につけてしゃがみこむ人修羅を見下ろし、ふと考える。
 人なのか。悪魔なのか。その境目にいるこの存在は、何なのだろうか。いや、何を思っているのだろうか。
 思えば何度か剣を交えただけの関係である。拳を交えねば見えぬものもあるが、言葉を交わさねば見えぬものもある。しかし不幸なのは、自分は口が下手なほうだということだ。そうライドウは自覚していた。
「ライドウよ、少し面を貸せ」
 耳元のゴウトがそう囁き、人修羅から視線を外した。ゴウトがその小さな顎をしゃくる。戸口を示しているのに気付き廊下へと出ると、黒猫が声を顰めて言う。
「ほとり、何を考えている?」
 継いだ「葛葉ライドウ」の名ではなく、敢えて本名を呼んだゴウトの言いたいことはすぐに分かった。既に心中の幾らかを、このお目付け役に読まれているに違いない。
「……人修羅というものは、一体どんなものかと思っていた」
「お前の考えていることは判る。なまじ人の姿をしている分、思うところもあるだろう。ましてあの悪魔は、元人間というだけある。なるほど仕草も話しぶりも人のものだ」
「人が悪魔になる、その原因は何なのだろうか」
「さてな。俺たちがいたあちらにも、逸話は幾らかある。だがその話しはどれも千差万別だ。彼の悪魔に直接聞いてみたらどうだ」
 ゴウトが少々冷たく言い放った。
「……私が口下手なのは知っているだろう」
「ならば深入りせぬほうがいい」
 黒猫が肩から飛び降り、すとんと地面に弧を描いて着地した。ちりんと鳴る鈴音を背後に、こちらをちらりと見る。
「俺は近くの様子を見てくる。お前はしばし休息を取るがいい」
「判った」
 背中を向け、離れていく黒猫の姿を見送りきると、再びライドウは部屋へと戻った。人修羅は俯き、その表情は図れない。だが眠っている様子はなさそうだ。
「人修羅」
 声を掛ければ、「……ん?」と少々疲れた声が返ってきた。人そのものだ。それがライドウの心を揺さぶった。人型の悪魔などいくらでも見てきたが、なぜこんなにも気になってしまうのか、それが分からない。
 なんと声を掛ければいいのか。先のゴウトを思い出す。自分を本名の方で呼んだゴウトを。
 ふと、唇が動いた。
「名前を、聞かせてくれないか」
「名前?」
 人修羅が顔を上げる。年相応の少年の表情だ。
「私は本当の名を、宮城ほとり、と言う。君にも名があるだろう?」
「思ったよりかわいい名前だな」
「かも知れない」
 笑いきれていないような笑顔で、人修羅が笑った。少々照れた様子で、何度か唇を軽く噛みながら名乗った。
「セツ。佐倉、屑」
「セツ。剣を交え、君の力はよく判った」
 そう言いながら、ライドウは少しずつ、自分がなぜ人修羅をこんなに気にするのか、判っていく気がした。
「これも縁だ。最後まで、君の仲間で……いや、友でいよう」
 名前を聞いてしまえば、もう歯止めが利かなくなってしまう。だがもう遅い。
「だから君も、私の友になってくれないか」
「……友達っていうのは、なんていうか、そういうもんじゃないような気もするけど」
「嫌か?」
「まあ、悪くはないかな。思ったよりは」
 カリカリと頭を掻き、セツがじっとほとりを見遣った。
「じゃあ、まあ。よろしく、ほとり」
 沢山の悪魔を従える人の修羅。だが、その姿がとても孤独そうに見えたのだ。