ぴたり、とそのプリーストは足を止めた。
 赤く長い髪を三つ編みにした若いプリーストは、面倒そうにそれを見下ろす。
 それは、一本のバイオリンを抱え、身体を丸めて座るバードだった。壁に寄りかかってうつ向き、薄く呼吸するのが聞こえる。
「おい、起きろ」
 立ったまま、プリーストがニ、三度蹴りを入れる。眠そうな唸り声をあげて、そのバードは身体を捩った。
「ん…、ん…」
 寝ぼけた様子で身体を揺する。緩慢な動作に、頭の探偵帽がずり落ちた。やや癖のある青い髪に、エルフ耳が露になる。もっとも、つけ耳なのだろうが。
 目を擦り、バードはプリーストを見上げた。
「…あんたがセレナーデ?」
「ああ」
 うなずく。そしてこちらも確認した。
「宮城…、双夜か」
「そう。よろしくな、プリさん」
 にっ、と笑う。人好きのする、幼い印象の笑顔を向けた。


 面倒なことになった。
 最初に思ったのはそれだった。
「というわけで、お仕事お願いしたいのよ」
 にこりと微笑み、女のプリーストはセレナーデにそう言った。
 青い髪を伸ばしたその女は、セレナーデと同じ退魔を得手としている。幾つか歳上の女プリーストは、セレナーデが自立して聖堂を出るまで、よく彼の世話を焼いた。つまり、先輩の一人である。
「仕事にしては、わざわざジュノーまで頼みに来るか?」
「依頼人は私です」
「…?」
 自立し、ジュノーに居を構えるセレナーデを訪ねた彼女は、一つの依頼を運んできた。てっきり教会からの仕事だと思い込んでいたセレナーデは、少し虚を突かれた。
 女はゆっくり続ける。
「私の知り合いに、バードの子が居て―――あなたと歳は同じくらいかしらね。…一夜って名前のウィザードを知ってるでしょう?」
「深い仲じゃない。顔見知り程度だ」
 問いに、頷きながら注釈を入れる。
「そう、いっちゃん。あの子の弟なの。双子のね」
 出された茶に、軽く口をつけ、さらに女プリーストは言う。
「兄弟仲が悪いみたいで、心配していたの。でも私じゃだめね。あの兄弟のことを知り過ぎてるから、却ってその話になると気を許してくれない」
「面倒事は御免だぞ」
 少し声を潜め、セレナーデは釘を刺す。紅茶の入ったカップを持ったまま、女プリーストは微笑んだ。
「仲を取り持てなんて言わないから。兄弟そっくりで、色々無茶なことをするから、フォローしてあげて欲しいの。普段なら心配しないんだけれど、次の狩りは行き先が不安だから」
「狩りなら構わん。が、さっきも言ったように、面倒事は御免だ」
「何も知らない人のほうが、逆に楽なこともあるでしょう? それにね、セレナ。私の知るプリーストの中で、あなたが一番適任なの。必要以上に他人の内に入り込まない、あなたが」
 沈黙。少し考える。
 別に、関わりすぎないようにすればいいのだ。一度きりの支援。それだけの話だ。
「場所と日時は?」


「可愛い名前だから、てっきり女の子だと思ったんだけどな」
 軽く笑いながら、双夜は探偵帽を被りなおした。立ち上がり、服やマントについた埃を払う。
 指定された場所は、ゲフェン中央塔の地下―――ゲフェンダンジョンの入口だった。積み上げられた木箱や樽にもたれて、そのバードは眠っていたのである。
「男で悪かったな。最近のバードはこんなところで狩りをするのか? もっと向いてる場所もあるだろう」
 最近はあちこちでモンスターが増え、危険が増している。ゲフェンダンジョンも例外ではなく、特に地下三層はそれが顕著だった。
 バードがソロで行くつもりだったのだろうか。行けない事もないだろうが、あの女プリーストが心配するのも無理はない。
「普段は来ねえよ。ほら、さっさと行くぞ」
 促すバードは、弓を握る。彼と自分に、セレナーデは支援をかけた。ブレッシング、速度増加、マグニフィカート。防御スキルの類いは、サンクチュアリくらいしかないため、基本支援はそれだけだ。
 先行する双夜を追い、セレナーデは後についた。バードは回避に自信があるらしい。大分避けてくれるため、支援は遣りやすかった。
 そのまま地下三階に降りる。入った瞬間から、何匹かのモンスターが見えた。
「随分居るな…。おい、先行するな、死んだら放っていくぞ」
 聞いているのかいないのか、双夜はナイトメアやデビルチを打ち落とし、さくさく進んでいく。
 なるほど、どうやら弓を扱うのが主なバードらしい。こちらの姿を認めるや否や、銀の矢がひどい速度で放たれる。深追いはせず、普通の狩りというよりは、何か目的があるようだと気づいた時、ようやく双夜は立ち止まった。
 軽く眉を寄せ、鉄柵でできた門をくぐる。墓地だった。
 墓石のひとつに歩み寄り、突然膝を折る。両手を地面について四つんばいになると、しきりに地面を調べ始めた。
「なんだ…?」
「このあたりに、落ちてるはずなんだ」
「何が」
「イヤリング。片方だけの」
 セレナーデの質問に即答し、丹念に地面を見やる。この薄暗い中で、イヤリングなどの小さいものを見つけるのは、なかなか骨が折れそうだった。
「一体どんな」
「よくマジシャンとかアコライトが、INT伸ばすためにつけてるやつ…。リング状の」
 真剣な表情で、手袋を取った手が地面を擦る。その硬い表情は、双子の兄のものと全く同じだった。ころころ変わる表情は、兄であるあのウィザードにはなく、なんとも似ていない双子だと思ったものだったが、そうでもないのかも知れない。
「昔、臨時でパーティ組んだときに、何人かでここに来たんだ。そいつはまだアコライトで―――、ドッペルゲンガーが襲ってきたとき、俺庇って、死んだ」
 はあ、とバードは息を吐く。
「死体がつけてたイヤリングは片方なくて、もうここしか探す場所がねえ。…でもずっと来れなかった」
「あれだけ強くなってたのに? プリーストとペアで来れば、もっと早くにだって」
「怖かったんだよ!」
 反論は大声で帰ってきた。悔しそうに唇を噛み、憤りを隠せない声色は、なおも続ける。
「自分のせいで誰かが死んだとか、そういうの認めるのが怖かったんだ。臆病だって笑えよ。あの時よりずっと強くなっても、イヤリングひとつ探しに行くのを、ずっと怖がってたんだから」
 今にも泣きそうな目を擦り、探す手は緩めない。
 恐らくそれは、随分と過去の話なのだろう。
 アコライトと組むということは、このバードもまた、当時は相応のレベルだったであろうことは容易に想像がつく。それが今や、セレナーデと公平を組める位には強くなっているのだから、そこに至るまでの時間もある程度予測できた。
 それだけの時間だ。誰かが狩りに来て、そのイヤリングを拾っている可能性だって十分にあるだろう。だがそれは指摘しなかった。双夜も気づいているのだろう。
 それでも探しに来たのは―――、
「んっ…?」
 墓石の隅、なにがセレナーデの目についた。それを拾い上げる。片方だけのイヤリングだった。
「おい、これか?」
 声をかけると、大層驚いた様子で双夜が振り返った。セレナーデが摘んでいるイヤリングを見ると、「それだ…」と聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
 それを手渡そうとした瞬間、気配に気づく。それは双夜も同じだったが、すぐさまそのバードは、何かに吹き飛ばされた。
 詠唱を終えたデビルチが、いつのまにやらすぐそこに立っていた。ダークサンダーにノックバックされたらしい。次いで沸いたナイトメアに、体当たりを食らう。吹き飛ばされた直後だ、避けれるはずがない。
 墓石に体を強かに打ちつけ、苦悶の声を挙げたのが聞こえた。当然そうなると、次なる標的はセレナーデであり、さらに数体、悪魔が沸く。
 舌打ち、続けて詠唱。サンクチュアリを背後に展開すると、盾を構えて攻撃を凌いだ。
「おい、しっかりしろ!」
 叫ぶが、返事もなければ身じろぎひとつしない。完全にのびてしまってるのだろうか。
 ならば、この悪魔どもの相手をしなければならない。独りで。
 杖を構える。くそ長い聖なる文句を、口にする。
 何故だろう、杖を握る手に力が入る。普段よりも強く強く、一切の手加減がない詠唱。
 退魔士のプライドか。それも間違いではない。
 あの女プリーストの頼みだからか。面倒だが確かにそれもある。
 だが、それ以上に、聞いてしまったどこにでもある不幸な話や、このバードの泣きそうなくらい真剣な顔を見て、
 どう表現していいのか分からない興味に似た気持ちが、胸を占めて、
「マグヌス、エクソシズム!」
 早く、この感覚を、何とかしたかった。


 ああ、それはいつからなんだろう。
 子供の頃は、毎日一緒にひっついて行動していたのに。
 双子の兄は、何時からか一人で悩んでいる節があった。両親にも、俺にも話せないことで悩んでいるのを見るのは、ひどく心を乱された。
 揃ってマジシャンになり、実家の天津を離れた頃から、それは徐々に目立っていった。決定的になったのは、天津の実家が、強盗に皆殺しにされた時からだ。
 その事実を俺に告げた一夜は、有り得ないほど落ち着いていて、自然と抱いた、不信感。
 そうだ、俺はずっと、
 ―――一夜を疑っていたんだ。
 独りでどんどん先を進む一夜を、信じられなくなっていて、
 だから辞めたんだ、マジシャンでいることを。
 才能がなくて辞めたのも、確かに事実のひとつではあったが、双子の兄とは違う力があれば、きっと今よりずっと出来ることが増えると思っていたんだ。
 一夜の本音を聞くことも、兄の力になることも。
 それ意外のことだって、何だって。
 それが今や、このザマだ。
 ちらりと振り返った一夜が、何て言うかが分かる。唇がゆっくり動く。
「…この、宮城の恥さらしめが」

 ぱたん、と乾いた音に、はっと目が醒めた。
 ふわふわとした、大きなベッド―――どう見てもツインサイズ―――に、双夜は横になっていた。
 どこかの部屋、広く整っているが、置いてあるもなも少ない。あまり使われることがないことが解る。
 視界の隅、黒いものが動いた。
 セレナーデだ。閉じた本を置き、こちらを見下ろしている。
「大丈夫か?」
「…ん、ああ…」
 頷く。赤髪のプリーストは、ひとつ嘆息し、
「次々沸く奴等から逃げるのに必死で、とっさに此処にしかワープポータルが出せなかった。俺の家だ」
「…広」
 ぼんやりと吐いた感想は、率直なものだった。
「住んでる人間が多いもんでな。…隣の部屋まで、うなされ声がしたぞ」
 それで隣に居てくれたのだろうか。
 ぼんやりしていると、ベッドの上に何かが投げ出された。
 あのイヤリングだ。見つけた時は土に汚れていたが、今は綺麗に磨かれていた。
「…ありがとう」
 呟くような言葉の後、それを服の下に仕舞った。
「お礼ならイピスに言うんだな。頼まれなければ出会うこともなかった」
 知人の女プリーストの顔を思い出し、頷く。余計なお世話だと、あの時は思ったが、彼女が心配して手配してくれなければ、今頃死体になっていたかも知れない。
「顔色が悪いな」
 セレナーデが言う。そんなに酷い顔をしているのだろうか。
「夢見が悪かったからな。…久々に嫌な夢だった」
「ナイトメアの精神破壊だろ。ああいう悪魔や悪霊の常套手段だからな」
「そだな…、どうすりゃ一番きついか、良く分かってやがる」
 額に手を当て、ゆっくり息を吐いた。
「悪魔どもは好みが煩いからな。人を騙すために、美しいものに化けることも良くある。同時に美しいものを好む。詩人なんて恰好の的だ」
 そういうものなのだろうか。容姿については深く考えたことがない。歌には自信があるが、
「歌なんて歌わなかったのに」
「馬鹿、声くらいは出しただろ」
「そりゃそうだけど」
 反論しようとして、止めた。相手はプリーストだ。その手の専門家である。逆らうだけ無駄だ。
 セレナーデが差し出された青ポーションを飲み干し、息をついた。ナイトメアが落としたものだろうか。脱力感も少しはマシになってきた。
「俺、なんか言ってた? 寝言とか」
「いや、何も」
 セレナーデの答えに安堵する。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、
「おにいちゃん、おにいちゃんさみしい、ってくらいしか」
「ぶっ!」
 しれっとプリーストが言う言葉に、心臓が跳ね飛ぶ。尖ったエルフ耳を、先まで真っ赤にして、セレナーデを凝視した。
「なっ、なっ…」
「可愛い声だったな」
 にやり、笑う。
「〜〜〜っ!」
 言葉が何も出てこず、掛け布団に顔を埋めた。それにフォローを入れるように、くしゃくしゃとセレナーデが頭を撫でた。
「そうだな、淋しいならなんとかしてやろうか?」
「…?」
 少し顔を上げて、赤髪のプリーストを見遣る。
「彼女や嫁はいるのか?」
「今はいない」
 質問に答えた双夜の耳元に、セレナーデは唇を寄せた。そこに何事か吹き込む。
「―――っ!」
 聞いた瞬間、バードは再び耳まで紅潮した。何かの聞き間違いかとばかりに、目を瞬かせる。
 つまり、とても端的に言ってしまえば、
 性行為をするか、と言ったのだ、このプリーストは。
「ま、お前次第だ。無理強いはしない」
「し、してもいいけど!」
 思わず叫んだ、声のトーンを少し落とし、
「…男とやったこと、ねえんだけど。この場合どっちが女役?」
「痛い思いしたくないなら、お前だな」
 さらりと答えてくれる。女相手にだって、大した経験をしていない俺とは、大違いって訳だ。双夜は思ったが。
「分かった、それでいい」
「興味だけなら止めとけよ」
「違う、大丈夫」
 ただ、興味本位じゃない。
 他の男に、その手の話や行為を持ちかけられたことは、実は何度かあったが、嫌悪の方が先に立った。
 しかし今は、何故だろう。
(こいつなら、)
 ちらり、とセレナーデの顔をじっと見る。
「…お前なら、してもいい。他の奴なら嫌だけど!」
 照れかくしに、声を荒げてから、少しの間のあと、
「間違っても、誰でもいいなんて、言わない」
「…上等」
 セレナーデの少し暖かい手が、頬に触れる。
 顎を支える。唇が重なる。下唇を食む。
 舌が舌を絡め取り、身体を引きたくなったが堪えた。誘いに乗った以上、逃げる訳にはいかない。妙なプライドに、双夜は相手の法衣の裾を掴んだ。
「ん、んっ」
 巧みな口づけだった。あっという間に理性が溶ける。
 そのまま身体を押され、ベッドに重なる形で押し倒される。その間も、双夜はキス心を奪われていた。
 ややあって、ようやくそれが離れた。
「キスしたことは?」
 聖職者の問いに、
「男とは、ない」
「そうか。―――どうだ? 初めてした男とのキスは」
「巧すぎ…」
 早くも意識の半分を持っていかれた気分だった。
「最高の褒め言葉だな」
 言いながら、薄着とは言えないバードの服を脱がしていく。服に手を掛けるプリーストの手は、やはりと言うべきか、手慣れている。
 俺なんか、最初に女の子としたときは、手ぇ震えまくったのに、と双夜は少しばかり悔しさを覚えた。
 一枚になった薄いシャツを捲り、セレナーデは手を触れた。
 随分と体温が高い。つい先まで寝ていたのだから、当然か。温い温度ではなく、熱っぽいほどの高い体温は、冷たい肌よりは興奮させられる。
 顔を見ると、バードは耳まで真っ赤なまま、少し向こうを向いていた。情事に慣れていないのに、よく承諾したものだ。
 胸の突起を摘まむと、甘い吐息が漏れる。それから爪先で引っ掻いた。
「っふ…、んっ! ちょぉ…」
「どんな感じだ?」
 わざと尋ねる。この様子では、胸が弱いのは明らかだが、あえて言わせたくなるのが男というものだ。
「ん……? 気持ち、いいかも…っ」
 案外素直な答えに、こいつは素質があるな、と思う。ズボンを緩めたのに気づいていないのは、恐らく気持ち良くて意識を向けられていないのだろうか。
「う、わ…っ」
 何かに気付き、双夜はズボンの上から自身のものを押さえた。その腕を掴んで引き離す。ベッドに腕を縫い付ける。
「だーめ」
 セレナーデが指の間に舌を這わせると、双夜は驚いた顔を見せた。抵抗しようか、迷う顔に変わる。選ばせる時間を与えたりはしない。
「だめ、やめっ…」
「感じてるんだろ?」
「違うっ…」
 丁寧に指の股を舐めながら、「ふーん?」とセレナーデが聞き返す。
 嫌な予感がする。とっさに口にした言葉を、早くも後悔しだす。
「じゃ、これは何?」
 腕を繋ぎ留める左手の反対、右手がするりと服の下に入ってきた。
 すっかり勃っている男性器を撫でられると、それだけで泣きたくなった。
「っや、」
 恥ずかしくて力が入る。足を閉じる。小憎らしいと感じるほど、セレナーデが意地の悪い笑みを浮かべた。
「離して欲しくないのか」
「ばっ、ちがっ…、あ、あああんっ!」
 いきなり激しくなった手の動きは、不意打ちだった。
 ご無沙汰だった身体は、実にあっさり達してしまい、放心する。くすくす、とセレナーデの声に気づいて見遣ると、
「早ぇえよ」
 と、呟くのが聞こえた。
「お前は、…どうなんだよ、こんなんで興奮すんのかよ」
「そりゃ…、してるさ」
 繋いでいた手が引き寄せられ、服の上からそれに触れさせる。双夜は息を呑んだ。自分と同じだった。
 愉しそうなセレナーデが、内股を撫でた。吐息を噛み殺していると、膝の裏を押し上げて片足を持ち上げる。濡れた手が、後ろの入り口を解しにかかる。
 それにしても本当に愉しそうにやりやがる、と双夜はじっとその顔を見遣った。奇妙な感覚に息を詰めながら。
 それに気づいたのか、プリーストが顔を上げる。手は止めてくれないが。それどころか、ゆっくり丁寧に指を動かし、奥に突っ込んでくる。
「んっ、ちょっ…お、そこ…っ」
 少し奥の、とある箇所に指が当たった瞬間、指が震える。身体が勝手に動く。
 やばい、気持ちいい。指を締め付けるのが自分で分かってしまう。
「見つけた」
 嬉しそうな顔をセレナーデが見せた。なんだこいつ、今すごく可愛くなかったか。
 数度、そこを掠められただけで、身体からも心からも抵抗が奪われた。先まであった羞恥心や理性より、もっと気持ちよくなりたい、と思う方が強くなってくる。
 双夜がそんな状態だったため、いつの間か指が増えていたことに気づかなかった。
「もう、いいよな。…挿れるぞ」
 返事を待たずに、軽い触れるだけの口付けをすると、セレナーデは取り出した自身をゆっくり組み敷いた相手に埋めていった。
「っつ、痛…」
「ばっか…!」
 力が入る双夜を一つ叱咤する。先走りを流し続けるそれを扱いてやると、戸惑いながらも少しずつ力を抜いていくのが分かった。
 痛いし、でも気持ちいいし、まるで拷問だ。長時間やられたらおかしくなりそうだが、力を抜くとじわじわ快感のほうが勝ってくる。先端を擦ったりされるごとに、自然と腰が揺れる。
 それを見て、足を抱え、セレナーデが一気に奥に入ってきた。
「ひっ、あ、あああっ!」
 いきなりのことに、双夜は相手の腕を掴んだ。手のひらが痺れてずり落ちた手が、握ったり開いたりを繰り返す。
 と、その手が繋がれた。勿論セレナーデだ。
 放心しているバードの顔、額から頬まで何度も丁寧に口付ける。それがひと段落すると、プリーストは溜めていた息を吐き出した。
「…動くぞ?」
 一応の確認には、殆ど意味がなかった。言った頃には、ゆるゆると動き始めていた。喘ぎ声が漏れる。
 先ほど指で調べた場所を擦ると、あっさりと双夜は求めだした。
「そこ、ぉ、もっと…」
「もっと、どうしてほしい?」
 わざと擦る場所をずらすと、焦った双夜はさらに腰を振りだした。
「っ、……って」
「聞こえないな」
 片手で胸の突起を押しつぶすと、途端に中が締め上げられた。やはり弱いのは胸か、と確信。
「ここ…っ、擦って…え」
 詩人のよく通る声が、吐息を混ぜながら吐き出された。自ら感じる場所を擦り付けてくるのに、もう少し苛めてやりたい気もしたが、まあいいか、とセレナーデは思い始める。
「初めてにしては、随分淫乱だな。やっぱ素質ありだ」
 笑い声がじれったいのか、双夜が少し顔を持ち上げ、唇を重ねた。
「分かった、もっと感じてみな?」
 手を首に回させると、腰を抱えなおし。顔を近づける。
「イかせてやるよ、ほら」
 先程までとは、比べ物にならないほど激しく攻め立てると、気持ち良さそうな声が耳朶を打つ。
「っひん、あああっ、もう、もう…っ」
 セレナーデの動きに合わせた、激しい腰の動かし方が、吐精したことで止まる。そのままセレナーデも、双夜の中に吐き出した。
「…、は、…双夜?」
 息をつき、呼びかけた。濡れたまなじりを拭い、頬に触れる。宙を見るバードは、それでもなんとか意識はあるらしい。
「…名前、なんだっけ…」
「…セレナーデ」
 まるで自分の名前すらも忘れている顔だ、とセレナーデは思う。双夜はそれから数秒黙ると、
「セレ、もっかい、名前、呼んで…」
「……双夜、そうや」
 唇を寄せて、囁いた。くすぐったそうな顔をすると、前後不覚状態のバードは、嬉しそうに笑い、
「…さんきゅ」
 と、力なくセレナーデを抱きしめるので、その頭をくしゃくしゃ撫でてやった。


 段々と目が覚めて、まどろむ時間は二十分ほど。
 双夜が目を覚ますと、そこは変わらずベッドの中だったが、服はきちんと着ていた。一応隣に、替えの服も用意してある。
 が、隣にあの男の姿はなかった。
 身体を起こし、びりっと腰が痛む。
「…うぇ」
 蛙がつぶれたような声を出して、自分でも驚いた。声がガラガラだ。
 よたよたと立ち上がり、部屋を出る。が、誰もいない。居間も随分広いな、と眺めていると、半開きになったドアから、寝息が聞こえた。
 隙間から見やる。赤く長い髪をした、男が背を向けて寝ていた。セレナーデだ。
 それが軽く身じろぎする様子に、どきりとする。
 顔中にキスするセレ。ぎゅっと手を繋いだセレ。溜めこんだ息を吐くセレ。
 やっべえ、と何かに気づく。
 よたよたと壁に寄りかかった。やばい、これはやばい。
 身体を許せるくらいに好きだ。それはいい。でもそれは、友達とか、そういうレベルだ。
 恋愛対象にしてしまってる。そういう意味で好きになりつつある。
 これはまずい。とてもまずい。
 意識すると、心臓の音がやたら激しくなってきて、それが煩くて、しかし止めるわけにもいかなくて―――、
 まるで逃げ出すように、その家を出ていた。








Special Thx. セレナーデの中の人