セレは―――セレナーデという名前のプリーストは、ジュノーに家を持っている。
さらに言うならば、その家主と初めて交わった場所である。
家には三人が暮らしている。セレナーデが拾ってきたらしい、若いモンク。そしてそのモンクが拾ってきた、アサシンの子供だ。
家主曰く、リヴァルを探して、龍の城に出向いた際、ヒェグンに育てられたモンクを発見、保護したとの事だった。
ガキがガキを拾いやがって、と文句も洩らしていたが、本当に嫌な事ならば、はっきりと拒否するのがセレナーデという男であるから、文句を言いつつも許容しているのだろう。
最近は居候が増えた。四人目は双夜自身だ。
そして、事件は唐突に起きた。
「今度、フィゲルの方へ行ってみようと思うんだ」
いつもより、多少柔らかいセレナーデの言葉に、双夜は「うん」と返事を一つ。
プリーストの黒い法衣をはだけさせ、腰を抱いたまま胸元に唇を寄せる。
「ああ…、探しに、か」
言葉の意味に気付き、バードは胸元でそう言うと、擽ったそうに身を捩らせたセレナーデは頷いた。
セレナーデの探し人の事だ。失踪したきりのウィザード。
それがバードとプリーストを隔てる、唯一にして最大の壁だった。身体に触れることはできても、心には半分しか触れない。
何故なら、そのウィザードの事を、セレナーデは好きかも知れないから。確かめたくて、ずっと探しているのだから。
「もう色んな所を探したが…、フィゲルの方には行っていないからな」
「そっか」
「嫌か?」
不意の質問に、「いや」と答える。
今のこの状態は、ある意味密月に似ていたが、まるで違う。永遠にこのままでは、いけない。
見つからないことを願うのは、違う。
ただ、今のままを崩したくない気持ちも、もちろんあった。
「双夜、」
「セレ、少し黙って」
行為に集中させようと、唇を奪おうとした瞬間、
―――バタン!
玄関口が突然開き、バタバタと中に入ってくる足音。
「セレ!」
部屋のドアを開き、現れた金髪のブラックスミスが叫んだ。ウサギのヘアバンドが揺れる。
佇まいを直し、椅子で茶をすするセレナーデが、
「エルヴィスか、どうした」
と、尋ねた。
先程まではベッドにいたのに、と早業に舌を巻いている双夜を尻目に、テーブルにカップを置く。
「リヴァルさんが…、リヴァルさんが見つかったんだ!」
「…え?」
そのセリフに、双夜は間抜な声を挙げ、
茶を注ごうとしていたセレナーデの手から、ポットが滑り落ち。
その後始末もせず、セレナーデは直ぐ様椅子を蹴って立ち上がった。
ジュノーからフィゲルまでは、飛行船での行き来が可能だ。
ただフィゲルは、シュヴァルツバルドの外れであり、早い話し田舎であった。
オーディン神殿が唯一の観光名所であり、上級の狩場であったが、少なくとも今のセレナーデには縁がない場所だった。
こんなことならば、早くフィゲルに探しに来るんだった。そうすればもっと早く、探し出せたのに。
「しっかし、よく見つかったな、フィゲルなんてさ」
「前に双夜くんが帽子受け取りに来た時さ、男の子が二人いたでしょ?」
疑問にエルヴィスが応える。セレナーデもその会話に意識を向けた。
飛行船の甲板、風がエルヴィスの金髪とウサミミを揺らす。
「僕の所のプリーストの子と、煌牙が拾ったアサシンの子、あともう一人の子は同じ所から逃げてきたんだって」
「あ、まさかその、後の一人が」
「うん、リヴァルさんと同居してるアルケミストの子。子供たちは逃げている間に離ればなれになっちゃったけど、連絡は取ってたんだ」
「なるほどな、それはよか…」
良かった、と言いかけた声が止まった。
複雑そうな双夜の表情から、直ぐ様セレナーデはその心境を察した。
つまり、猶予期間の終わり。
「心が欲しい」
全部をあげることは、できなかった。恋愛感情を、持つことが出来ない今の自分には、半分しかあげられなかったからだ。
しかし、いつまでも半分のままではいられない。いつか、全てをあげてしまうか、或いは―――、
それは、今を於いて他にはない。
「双夜、」
バードの顔が強ばるのに、セレナーデは一瞬言葉を詰まらせたが、息を飲んで、また続けた。
「お前にやった、心の半分、返してくれ」
予測以上に、詩人の表情は驚きには満ちなかった。
想像していたのだろう。セレナーデのその言葉を。
それはセレナーデにとって、ほんの少しの救いだった。フィゲルで「あの人」と対面することで、自分自身に多少なりとも変化が訪れることは、想像に固くない。
だから…、今この関係を、整理しないといけない。
それを告げることで、傷つけることは間違いないが、まだ彼が予想しているのなら―――少しはその傷を浅く出来るような気がした。
「…ん、おっけー。じゃ返すわ」
にこり、と笑ってそう言い、
「お前も俺も、男だしなー。かなり特殊だし、…まあ、あんま気にすんなって」
肩を竦ませて見せる。精一杯の強がりなのかも知れない、と思えば、こちらの胸がきつくきつく締めつけられる。
船の速度が落ちたのを感じた頃、アナウンスが響き渡った。
『当船は間もなく、フィゲルに着陸します』
それを聞き、双夜がひらりと手を振った。
「ほら、着いたぜ」
甲板のベンチに腰を下ろしたままの詩人に、「お前は降りないのか」なんて。聞ける訳が、なかった。
「…ああ」
頷くと、「え、え?」と状況を把握していないエルヴィスを伴い、セレナーデは飛行船を降りた。
Special Thx. セレナーデの中の人