ふわりと揺れるウサミミを、忘れたことはなかった。
 名高いGvGに所属する、高レベルのアサシンクロス。名前は確かリィンと言ったか。
 街中で見かけたとき、知人が彼について話をしているとき、攻城戦の戦況が耳に入ったとき、
 自分とはまるで違う、強い前衛。
 平たく言えば、きっと憧れていた。

 なのに、なのにだ。
 なぜ、その憧れの対象に、無理矢理押し倒されているのだろうか。


「あ…、あのときの」
 そう一夜が呟くと、相手もまた呟き返した。
「時計塔の時の―――そうかぁ、きみが一夜かぁ…」
 驚きの余りか、ウサミミがピン、と伸びている。
 留め具を全て外された服の下、首から下げられたロザリーを指で弄び、そのウサミミのアサシンクロスは、まじまじと一夜を見た。
 しばし放心していたが、はっと気付いて体をねじる。
「っ、どいてくれ。その腕どけろ」
「うーん〜…」
 軽く困った様子でアサシンクロスは唸る。未だに一夜の両手は、捕まったままだった。
 しかしすぐに、結論は出たらしい。アサシンクロス―――そう、名前は確か、リィン―――はひとつ頷くと、
「別に止める必要、ないよねぇ?」
「な、に」
 また嫌な予感に声が震える。するりと少し太い紐を取り出し、一夜の身体をうつ伏せにひっくり返した。
「痛っ」
「はあい、動かないでね〜」
 柔かな口調とは裏腹に、抵抗しようとすると腕をねじ上げられた。痛みに思わず叫ぶ。
「っつ!」
「はいできた」
 腕が全く動かず、紐でしっかりと結びつけられているのが分かる。
 なんなんだ、なぜこんなことになっているんだ。
 そう思っていると、再び仰向けに戻され、にっこりとウサギのアサシンクロスが笑った。
「ん? どーしたのう〜?」
「こんな、こんな奴だったのかアンタ…」
「あれ、俺のこと知ってる?」
 すりすり、と暗殺者の指が耳の下を撫でる。まるで猫にするように。
 そのくすぐったさに身体を震わせると、縛られた腕が軋んだ。
「知ってる…、いつも目立って、強くて、転生までして」
 街で見かける度憧れてた。
「ふうん?」
 首を傾げて、ウサミミが揺れる。それだけを見れば可愛いのに。
 にたり、とそいつは笑い、
「じゃあ、その憧れの人に、たーっぷり泣かされるといいよ」
 下の服も剥ぎ取ると、力ずくで足を開かせた。
「や、やめ!」

 ―――おそろしいと思った。

 無理矢理、下の口に突っ込まれる彼自身の大きさに、それこそ悲鳴をあげた。
「痛、痛っ、やめ、あぁぁぁっ!」
「でもさあ、ほら」
 膝裏を押し上げ、一気に押し入ってくる痛みに、喉が張り裂けそうだった。
「あ、ああああああ! 痛い、いたっ…い、いたいいっ」
「やっぱ慣れてるね、ぎゅうぎゅうに締まるし」

 最初に、あのアサシンが俺を抱いた時は、
 あの時言われたように、やはり淋しくて、だから抵抗しなかった。

 なにもかもが無理矢理な中、それでも中に入ってきたそれを締め付けようとする、自分の体を少し恨み、
 痛みに頭が朦朧としていると、激しく中を擦られ、痛みの端に快感が湧きあがるのが、ただ悔しくなる。
「いた、痛いぃ、やあ、ひ、っ、いいい! いああああんっ!」
「噂通りの淫乱さんだねえ、いい声出してるよ。痛いんじゃなかったの」
 一夜の声に善がり声が混じりだしたのを察し、そうリィンがからかうと、ひどく悔しそうな顔で、一夜は顔を背けた。
 そこで少し動いてやると、すぐに喘ぎ出す、その顔が良かった。誰も通っていない雪の上を、踏み荒らしているような快感があった。
 或いは、他人の持ち物を奪って汚してやった、そんな気持ちだろうか。この魔術師の持ち主は、既に墓の下なのだから、取り返されることはありえない。
 まだ生きている人間は、死人に決して勝てない。思い出は次々と美化される。
 だがその逆もまた然りで、もう何もできない死人は、生者に勝てないから。

 ―――それから教会の裏で、来る人来る人に抱かれたときも。
 ヴィスのやつに、支援と引き換えに抱かれたときも。
 それはある意味、自分の意志。自分の望んだことの、ひとつ。
 本当の意味で無理矢理犯されたのは、これが始めてで、それがひどく、恐ろしくて。

「腰振ってるよ、飲みたいんでしょ、ほら!」
「ひっ、いや、やああぁぁぁぁ!」
 涙が滲み、暴れる一夜の足と腰を掴み、文字通り好きなように弄んでやると、どうやら勝手に達したらしかった。
 少し大人しくなったところで、リィンが中に出してやると、押し殺した喘ぎ声が耳に入る。
 悔しげに泣く声。

 なにより、死んだあのプリーストの幻覚を見るくらい、まだこの心に強く焼き付いている傍から、誰かに蹂躙されることなど、考えていなくて。
 泣き声が嗄れるまで、―――いや、嗄れてからもずっと、つい昨日まで憧れていた存在に、何度も、何度も、犯され続けた。


 なんのために生きているんだろう。
 なんのために逃げているんだろう。
 ぼろぼろの体を引きずり、灯台島を抜けたが、正直なところ何処に行きたいのか、自分でも分からなかった。
 それでも、首都に帰るわけにはいかない。コモドを目指す他ない。
(ちくしょうめ、コモドまで遠いな…)
 ぎゅっと短剣を握り、終夜は近寄ってきた白タマネギを切り刻むが、正直なところ体は一杯一杯だった。
 先ほどゴブリンのアーチャーに狙い撃ちされ、避けきれなかったほど、身体がまともに動かなかった。腕に刺さった矢はとうに抜いて捨てたが、血が滴り落ちている。もう手当てすら面倒だった。
 そしてひどいのは火傷で、拾ってくれた冒険者らが随分治してはくれたが、痛みが完全に消えたわけではない。
 ギルドから追っ手がかかるのも、分かりきったことだ。身体を引きずってでも逃げてきたのは正解だと思うが、きっと時間の問題だろう。
 どうしてだろう。
 家族と呼べる存在はとうになく、大事な人も、守りたいものもなく。そもそもこの世界に、期待などひとつもかけていないというのに、未だにこうして逃げ延びている理由が、自分でも見つからず。
 いや、ただ意味もなく死ぬのが癪なのかも知れない。
 だからあの時、あの復讐劇に敗れた時に、死んでいればよかったのだ。
 そんなことを考えていると、甲高い鳥の鳴き声が耳を貫いた。
 空気を裂いて、背中から向かってくる攻撃を避ける。バサバサとまた上空に飛び上がるそれを見遣る。
 見かけは人間の女に近いと思った―――が少し違う。両腕は翼、両足には鳥の爪がある。いわゆるハーピーだった。
 特筆すべきはその回避力で、翼の存在は伊達じゃない。
 武器を取ろうと思ったが、止めた。いっそここらで死んでおくのもいいかも知れない。
 さあやっちまえ、やっちまえよ。
 どうせ希望も、欲しいものも、もう何もないんだから。
 腕をだらりと下げ、挑発してやると、いとも簡単にハーピーはその爪を向けて急降下。
 ―――が、何かに警戒したのか、モンスターは突然その翼で空を叩いた。
 じゃり、と砂を蹴るブーツの音。
「ソウルブレイカー!」
 衝撃破が終夜の頬を掠め、ハーピーにぶち当り、落ちた怪物は小さい崖の下の川に流れていく。
 振り返り、少し失笑した。
「―――あぁ。アンタが始末しに来てくれたのか」
 見遣る。
 アサシンギルドでも有名な、ウサギ耳のアサシンクロス。
 その目は暗殺者のそれだった。


 目を覚ました時、一体何時なのか、見当がつかなかった。
 窓の外は明るい。まだ午前なのだろうか。
 一夜は身体を起こし、放りっぱなしのマントを取った。そしてふと、自分の身体を見遣る。
 あれだけきつく縛られていた腕は、自由になっていた。脱がされた服も着ている。
 ただ腕には、痕がくっきりと残っており、重い体がまた、昨晩のことが事実なのだと思い知らせるようだった。
 犯された、無理矢理に。しかし、後始末がされているのが妙だった。
 あれだけ酷くしたのなら、そのまま何も後のことなど考えずに、去っていくのが普通ではないだろうか。
 いや、それよりもとにかく、終夜を追わなければならない。追って止めなければならない。
(止める―――、なぜだ?)
 咄嗟に思ったことに、自分で疑問に思った。
 生きていればまた、自分や弟の命を狙うかもしれない彼を。そうだ、殺すだけならば、危険を取り除くだけならば、あのアサシンクロスに任せても一向に構わないはずなのに。
(何故、俺は止めたいと思ったんだ…)
 暫くその迷いに自分で動揺していたが、ともかく追うことを決めると、マントを羽織って杖を取った。近くに転がるたれ猫を頭に乗せる。
 外に出て、灯台島を横切り、すぐに気付いたのは、僅かにだが残る血痕だった。こんな過疎地域に人が居るわけがない。誰のものか明白だ。
 どきりと胸が苦しくなる。
 あの時も、こうして、後から追って、そうして彼は死んだのだ。
 高低差のある地形を抜け、小さな渓谷を挟む地形にやってくると、見覚えのある人影が二つ。
 末の弟と、あのアサシンクロスだった。
 見えたのは、アサシンクロスが―――リィンが終夜に突き出している、カタールの先。何か会話をしているのが見えたが、勝手に口が開いて叫んでいた。
「…めろ、やめろ!!」
 思ったより大声で出て、一夜は自分でも驚いた。
 二人が振り返る。そして、びくりと震えた。
 リィンの目は、夕べよりもずっと本気で、冷たいものだった。
「あぁ、いちにゃ、来ちゃったんだ」
 その冷たい目のまま、にこりと笑う。舌足らずに呼ぶ名前に、また震える。
 その震える手足を叱咤し、無理矢理に前にと動かした。つまり、スキルの届く射程位置に。
「…やめろ、殺すな」
「ねぇ、それ、本心?」
 すかさず、リィンが言う。
 やめろ、そんなに心を揺さぶらないでくれ。
「ヴィスくん殺したんだよ? ねえいちにゃ、憎いでしょ。止める必要ないよね」
「それは、そうなんだ、確かにそうだ、けど」
 終夜すらも、半分諦めた様子でこちらを見ている。なんなんだ、一体なんだというんだ。
 じっと見ている。リィンも、終夜も。
 考えられないほど、その場は静かだった。もっと修羅場になって、わけのわからないうちに、解決するのだと思っていた。
 色々なものを思い出す。目の前の弟が、ずっと暗く狭いあの場所で過ごしていたことや、息絶えていくヴィスを背負っているときの、あの感覚。
 それを思い出した瞬間、背中から回される腕があった。
 目を見開く。よく知っている、プリーストの黒い法衣。その袖。
 静かに振り向くと、もう還ってこない白い髪のプリーストの姿。

 まぼろしだ。ゆめまぼろし。うたかた。
 現実じゃない。なのに―――、

「一夜」

 優しく呼ぶ声は、ひどく自分の中でリアルだった。
 そうだ、こいつを失ったあの痛みは酷くて、こうしてありえない幻すら見るというのに、

「でも、だめだ、もう憎みきれない」
 搾り出すような声に、二人が表情を僅かに変えた。
「俺は、自分と弟にさえ手出しされなければ、それでいいんだ、それで―――! なのに、なのにヴィスのことを考えると」
「もういいよ」
 支離滅裂になってきた一夜の言葉を遮り、片腕を伸ばして、リィンはマントごと一夜を引き寄せた。幻がふわりと消える。
 震えるからだも、隠し切れない色々な感情も、その腕からきっと伝わってしまっている。
 それでも素直にそうされたままなのは、もう、自分自身を支えきる自信が、…なかったからだった。
 わからない、もうわからない。
 昨日自分を強姦した相手に、なぜ安堵を覚えるのか、一夜には、全く、わからなかった。
「だから、ね。一夜の迷いにトドメ刺してあげるよ」
 するりと、リィンが空いている片手で何かを取り出す。
 真っ赤な、毒々しい色をした瓶には、危険物であることを示すラベルがついていた。
 様々な劇薬を、決められた分量で混ぜた毒薬だった。アルケミストたちは怖れて作らず、アサシンクロスだけが苦痛を越えて、それを作る。そしてその毒薬を更なる力にできるのは、やはりアサシンクロスだけだが、
 彼等以外が飲めば、間違いなく死ぬ。
「俺もね、仕事はやらないといけないから。ほら」
 その瓶を、終夜は素直に受け取った。ただのアサシンが飲んでも、その先にあるのは、死だけだというのに。何も言わずに、それを受け取る。
「ま、て…やめろ」
「馬鹿兄貴、思い出せよ」
 少し俯いて、ぽつりと終夜が言葉を洩らす。
「あの時、言ったよな。あとは俺かお前のどちらかが死ねば満足だ、って。もうあの時、結果は決まってたんだよ。だから―――」
 その毒瓶の栓を抜き、思い切り呷り、喉を鳴らし…、嚥下して。
 少し零れた液体を拭い、そのまま終夜は、ぼろぼろなアサシンは、
「じゃあな、…にいさん」
 背後の崖に、背中から落ちて、
「―――――っ!」
 駆け寄ろうとした一夜の身体を、リィンがしっかりと御する。
 ばしゃん、と水音が聞こえ、それから一秒、二秒、三秒、
 一夜は全ての力が抜けて、そこに座り込んだ。
「あ、ああ……うあ、ああああ…」
 なぜだか、ぼろぼろと涙が出てくる。喘ぎ声のような、叫び声になり、むせ返る。
 暫くリィンはそれを見ていたが、しゃがみこむとその顔を覗き込んだ。
「……悲しい?」
「っ、く、わ、わから、ない…っ」
「そっか」
 たれ猫がぽとりと落ち、頭をよしよしと撫でられると、一夜は更に泣いてしまったようだった。涙声を抑えるが、それで隠しきれるわけもない。
「いちにゃ、ねえ、時計塔で会ったとき、泣いてたね?」
 問われ。応えはしないが、震えて涙声を押し込める、魔術師の頭を撫でながら、
「心がね、泣いてたよ。一夜が終夜のおにいちゃんで、ヴィスくんのすきなひとだって知って、ああ、もうきっと、今でも倒れそうなんだなって思った」
 嗚咽が止まず、それでもじっと聞いているのを見遣り、リィンは更に続ける。
「そしたらね…なんていうのかなあ、欲しくなって、俺のものにしたくなったんだけど」
「っか、やろ……、こんな時に!」
 涙を強引に拭いて、強気を見せる。
「だから…、強引に抱きやがったのか、俺はそんなに都合良い奴じゃないんだ、俺の恋人でも、なんでも、…ないくせに!」
「じゃぁ、いちにゃぁお嫁にもらっていい?」
「ぶッ!」
 うさぎアサクロが吐いたいきなりのセリフに、一夜噴き出し、更にむせかえった。
 あーあー、なんて。言った本人は、呑気に一夜の背中をさする。
「いや、待て…。なんで、そうなるんだ…。大体俺は、男なんだぞ」
「男だねぇ」
 うんうん、と頷き、肯定する。
「でもヴィスくんと、いちゃいちゃしてたんでしょー?」
「してない!」
 力強く否定すると、「ぇー」とリィンが唇を尖らせた。
「嫌なら諦めるよー…」
 うさみみを両手で押さえ、くるりと背を向けてしゃがむ。
 すんすんうさうさ。
 そんな泣き声まで聞こえてくる。
 かつての憧れの人。強引に押し倒すほど、自分のことが欲しかったのかと思えば。
 なせだろう、不快がない。
 そして先刻の、あの腕の強さ。
「べ、つに嫌とかじゃ…」
「ほんと?」
 恥ずかしながら言うと、ぱぁっと明るい表情で振り返る。
 それに顔を赤くして、相手の顔を見ないようにそっぽを向く。
「大体、俺はウィザードだぞ。転生もしてない、ただの魔術師だ。今回みたいに、何もできない」
「うん」
 うさぎ様は頷く。さらりと。
「男だから非生産的だ。子供は生めない。それに、…まだあいつを―――忘れきれていない」
「うん」
「それから―――」
「うん、でもね」
 呟き、リィンが少し身体を寄せ腕を回すと、うさみみが一夜の頬に当たる。
「俺が欲しいのは、今ここにいる、いちにゃだから」
 抱きしめられ、声が耳元で響く。
 ひどく、くすぐったい。
「俺、そこそこ強いし、大体のものからは守ってやれる。一夜が何もできないとかじゃなくて、俺が守るの。今まで一夜が一人で頑張った分も」
 まるで温かく柔かい針が、心に刺さったような。
 そんな彼のセリフが深く深く刺さってきて、また涙腺が弛んでいく。
「もう頑張らなくていいよ。なんでも言えばいいよ。弱音でも文句でも愚痴でも、なんでもいい」
「なんでもって…」
 泣きそうな心境で、迷う。そんなことが簡単に言える訳がない。
「ばかやろーとか、だいきらいだー、とか。そんなことでも良いんだよ?」
 腕が一夜の猫っ毛を撫で、胸元に抱き寄せた。顔を見ないよう、気遣ってくれているのだろうか。
「…ばかやろう」
 なんの魔力だろう。ぽつりと一つ言葉を落とせば、どんどん言葉が溢れてきた。
「ばかやろう、ばかやろう、あんだけ好きなんて言ったくせに…!」
「うん」
「約束したくせにさっさと死にやがって、俺がどんなに、どんなに―――泣いたか、辛かったか!」
「うん…」
 抱きしめるリィンの腕に、少し力が込められた。憤りは留まらず、リィンの服を強く掴む。
「ただ、あいつがいないことだけが、辛くて、辛くて―――辛くて…つらく…て…っ…」
「うん…、そうだね」
 もっと他に、吐き出したいことがあった気がしたが、抱きしめられた分、それらはどんどん消えていった。
 ぎゅっとリィンの服を掴み、また酷く泣く。
 暗殺者の腕は、それでもそのときは、暖かかった。


「お前、最近ちょっと元気だな」
「…そうか?」
 友人のアルケミストから、一夜はいつもの薬を、彼の露店で受け取った。
 ああ、と頷き、錬金術師は少し、ほっとした顔を見せた。
「…まあいいことだと思うぜ。あとはちゃんと医者に罹ってくれれば、言う事ないさ」
「医者、か。……行こうと思う、医者」
「え、本気か?」
 あれだけ拒んでいたというのに、一夜のそのセリフは、まるで青天の霹靂だった。
 驚いたアルケミストは、一夜をまじまじと見遣る。少し眉を寄せ、
「…なんだ?」
「いやあ、本当にどうしたんだろうな、と思って」
「いちにゃああぁぁぁぁぁぁ! いたあぁぁぁぁ!」
 突然往来に響いた叫び声に、びくりと一夜は身体を震わせた。
 見遣ると、あの目立つアサシンクロスが、まっすぐこちらにやってきたのだ。すぐ隣まで駆けてきたかと思えば、がっしりと抱きつく。
 錬金術師の目が見開かれ、周囲の通行人が一斉に注視するが、そのアサシンクロスは全く、―――そう全く、気にしていない。
「おやつ買ったよー、あっちで食べよーー」
「わかった、わかったから! ひっぱるんじゃない!!」
 問答無用でマントの襟元を掴まれ、そのでかいウサギにずるずると引っ張られていく魔術師を、アルケミストはぼんやりと見遣り、
「…まあ、なんか大丈夫そうだな。…いろいろ」
 と、結論を出したのだった。








Special Thx @Iさん