痛みを堪えて、堪えて、堪えて、
 痛すぎて意識も手離せない状態から、ようやく眠れたと思ったのに。
 ぺちん、ぺちん、と断続的に叩かれる頬に、ようやく目を開いた。
 身体が鉛のように重く、瞼もまた、同様。再び目を閉じると、いきなり頭に何か液体が掛けられた。
「、…っ! う…あ?」
 驚いて身体を起こすと、間抜けな声が口から洩れる。
 滴が落ちる前髪を掻き上げて、目の前の人物を見遣ると、厳しい目をした男のハイプリーストが、こちらを見下ろしていた。卵色の髪が揺れる。
 手には空のポーション瓶があり、それをその辺に放ると、カランと音が石畳に響く。もう一つ白ポーションと、薄い紙の包みを取り出した。
 それを目の前に置き、
「飲め」
 と、要求だけを突きつけられた。
 身体を起こそうとするが、これが中々上手く行かない。はっきりした意識が、またもぼんやりしていく。
 くらくらする。床にべったり張り付いていても、頭が重くて仕方ない。
 手だけを動かし、紙の包みを開くと、粉薬が小量包まれていた。
「貧血を起こしてる。それは増血剤だそうだ。無理矢理でも飲め」
 何故、急に貧血など起こしたのだろう。身体があまり丈夫でないことも、不摂生気味なであることも自覚していたが、不審感を覚えつつ薬を取った。
 多少溢しながらも飲み込み、息を吐く。そしてハイプリーストを、警戒しつつ見上げた。
「どこまで覚えている?」
 カプラのヘアバンドなんて、妙に可愛いものをつけたハイプリーストは、静かにそう問いかけ。ウィザードの一夜は、ぐらつく頭で記憶を探った。
「あのクリエイターに謀られて…」
「そのクリエイターは、血液採取と収集が趣味らしい。眠っていて抵抗しないのを良いことに、大分抜かれていた」
 一夜の腕を指差し、ハイプリーストは淡々と言う。腕の関節辺り、赤い炎症の痕が幾つも残っていた。恐らくは注射器。
「攻城戦まで、遊び道具にされないと良いがな?」
「…攻城戦?」
「お前は取り引き材料だ。あのウサギのアサシンクロスが条件を飲まなければ、遊び道具を通り越して死ぬことになる」
「ウサギの……、リィンか!」
「ご名答」
 つまり、人質ということだ。
 一体どんな条件を出されたのか分からないが、リィンがどんな行動に出るかは、一夜自身も全く分からない。あのウサクロは、いつも自分の想像の斜め上を行く。
「渦樹?」
 扉をノックする音と、声が聞こえ、ハイプリーストが「なんだ」と、応える。このハイプリーストの名前らしい。
「七日さんが来てますよ。人質に用があるんだそうです」
 若い男の声がそう言うと、渦樹は直ぐ様答えた。
「解った。鉄華、扉を開けろ。先刻と同様、俺と鉄華も立ち会う」
「慎重すぎやしないかい、それって」
 開いた扉から、また別の声。その笑声には聞き覚えがあった。七日、あのクリエイターの名前だ。
 案の定、七日とあと一人、スナイパーの姿。そのスナイパーが扉を締め、その前に座る。
「幹部殿が裏切らない可能性が、ないとは言えないからな」
「用心深いなぁ」
 喉で軽やかに笑いながら、七日はそう返した。それから腰の辺りに手をやり、空の試験管を取り出す。
「目醒ましたって聞いて、用意も出来たし…。ああ渦樹くん、君がやるかい? 採取出来れば誰がやってもいいよ」
「採血…?」
 話が見えず、一夜はそう呟いたが、七日はゆっくりと首を横に振った。
「血のほうが、君にとっては良かったんだろうけどね。さすがにそれ以上抜いて、死なれても困る」
 ハイプリーストの顔を見遣ると、あからさまな嫌悪を示している。クリエイターが苦笑し、手袋を取った。
 一夜の目の前に立ち、しゃがむ。それから―――。
「ま……、やめ…!」


「俺、あの二人を知ってる」
 地面に突き刺さった矢を抜き、アルケミストのアビスは言った。
 鋼鉄の矢である。
「今は活動停止してるけど、攻城戦やってるギルドじゃ大手のトコに居た奴らだ。ネズミの幹部だった奴らだよ」
「ネズミって、[Step Rat]?」
 そのアビスの露店横に、どっしり腰掛けたウサミミのアサシンクロスが、真剣な顔で聞き返す。ニコニコしていれば、客引きに良いのだろうが、今は表情が明らかに剣呑としている。
 殺気すら滲み出ている為、通行人も避けて通る程だ。
 商売にならないため、露店を畳みながら、アビスは頷いた。リィンが唸るように言った。
「そういえばあのハイプリ、攻城戦の時、倒したことある」
「その恨みで、傭兵も兼ねて復讐ってトコなのかもな…。それで、どうすんだウサ」
 ちらり、と横目でウサクロ様を見る。軽くうつ向き、いい具合にウサミミが垂れているため、表情は伺えない。
「アビスん…、攻城戦まであと何日?」
「今日は水曜だから、あと四日だな」
「毒瓶の在庫は?」
「カートに八つ」
「それ全部売って」
「代金は?」
「いちにゃが払う」
 淡々と受け答えが続いた後、アビスはカートから毒瓶を取り出し、それを差し出した。








Special Thx @Iさん