シャキン、シャキン、とハサミの音が響いていた。
 青い髪が肩を滑って落ちる。薬品をよく扱うために、肌が荒れている手が、最後に軽く髪に触れた。
「…うん」
 満足気にハサミを起き、白い髪のクリエイターは、にこりと笑った。


「…動きはなかったですね、渦樹」
「そうだな」
 日曜の午後七時半、ヴァルキリーレルム1。
 倉庫から出した矢筒と罠を確認しながら、スナイパーが言った。白い髪に天使のヘアバンドをつけ、隣に立つハイプリーストよりは、やや小柄か。
 感慨なさそうに返事をするハイプリーストに、さらにスナイパーは続ける。
「予想してた、って顔してますよ」
「それはお前もだろ。あのヒヨコギルドのマスターを知ってるか?」
 ちら、とスナイパーの鉄華に視線を移し、ハイプリーストの渦樹は問いかけた。
「もちろん」
「VIT100のデコパラだ。例えアサクロでも、決して容易い相手じゃない。あのwizを諦めたか、失敗して処理されたか、或いは―――」
「取り返しに来るか」
 見下ろす渦樹の視線を合わせるように、鉄華が見上げた。渦樹が卵色の髪を揺らして、口元に笑みを刻む。
「…楽しみだ」
「渦樹、本音洩れてます」
 何時ものカプラヘアバンドを取り、シャープヘッドギアを代わりに装着する。サングラスを掛け、かなり柄の悪い聖職者の完成だが、鉄華はあえて何も言わない。
「なんにしろ、この攻城戦が終わるまでが勝負だ」
「ウサギ一匹通さないようにしないと、ですね」
 笑って鉄華が言った。


 ゆっくり辺りを伺うように、移動する影。
 鉄華はそれを見つけると、肩に停まるファルコンにそっと指示を出した
 ひとつ鳴いたファルコンが、影から一人の人物を暴く。クロークしていたアサシンが、サイトもなしに、何故バレたのか驚愕しているのが分かった。
 ああ、まだ新米のアサシンなのだろう。世の中には、サイトやルアフなどで探し回るより、確実に隠れているものを察知できる手段があるのだ。
 すかさずシャープシューティングを撃ち込み、アサシンを仕留めると、ファルコンを呼び戻す。
「…マヤパープル刺しって、スナイパーに持たせると凶悪ですね」
『良かったな。様子は?』
 エンペルームで待機している渦樹が、特に感慨もなさそうに返事をする。
「今始末したアサシン以外は、誰もいませんよ」
『さすが天下の[繰られたハイエナ]さまだな。この砦を攻めようなんて、無謀な奴はいないか』
「今のアサシンも、攻城戦に慣れてないみたい様子でしたね。迷って入り込んだんでしょう」
 何しろ砦はどこも入り組んでおり、一度や二度立ち入った程度では、とても把握できない。もっとも、簡単に攻められては砦の意味もない。
「命知らずか迷子くらいしか来ないんじゃ、見回りも退屈だね」
 これは誰にも聞かれないよう、ぽつりと。
 このハイエナギルドが毎回砦を維持できるのは、幾つかの理由がある。メンバーの質の高さがまず一つ。
 最初は寧ろ、そこまで目立つギルドでもなく、名前すら覚えられていないギルドだった。
 それがいつの間にやら、解散した強豪ギルドの元メンバーを引き入れ、気付けば安定した強さを手に入れていたのだ。
 強敵がいなくなるのと同時に、強い味方を手に入れれば、もちろん強くなる。
 そして。このギルドに関わった人間の大半が、狩りや攻城戦の最中に、死んでいるのだ。
 一部のギルドは警戒し、攻城戦に参加するのを控えだし、現存のギルドもハイエナに関わるのを恐れ出した。
 鉄華と渦樹が所属していたギルドも、そんな攻城戦事情の背景に加え、マスターの休止により、解散となったのだった。
『なんか、ウロチョロしてるアルケミストがいるんですけど…』
 耳に聞こえた声は、確かギルドのホワイトスミスのものだ。同じように偵察に出ていた者である。
『アルケミスト…? どんな奴だ』
 渦樹が直ぐ様、問う。
『青くて長い髪で…、あ、消えた』
『炙って探せ。嫌な予感がする』
「アルケミストね…。居たところで何も出来ないと思いますけれど。きっと彼じゃないですか? 監禁中のwizくんのお友達」
 一人で錬金術師が侵入したところで、出来ることなど高が知れている。ホワイトスミスも、溜め息をついた。
『駄目です。見失なった……あ、』
『どうした』
『侵入者が…、―――あ、や、やめっ…あ、ああ、ああああああ!』
 耳を貫く悲鳴に、鉄華は顔をしかめた。
『この砦を落としに来たのか。ギルドは何処だ』
 若干語調を荒く、渦樹が問う。鉄華は鷹を先に飛ばし、後を追って走った。
 砦2の旗戻りポイントの近くに引いた、防衛ラインが見える。見覚えのある、ドロップスのエンブレム。
「モロクの―――[どろっぷす。]だ」
 鉄華が呟くと、渦樹が多少なりとも動揺したのが分かった。モロクのテントに拠点を構える、大きなギルドだ。
 が、攻城戦に参加したことなど、あっただろうか。
『面白いね』
 いつの間にか跳ねていた心臓を、細い針で突き刺すような、静かな一言。
 マスターの、あのクラウン。
『遊んであげよう。防衛線を抜ける奴は全員殺せ』
 殺意も見えない一言に、それを聞いていたメンバーは全員、息を飲んだ。
『鉄華、お前はエンペルームまで戻れ』
 渦樹の冷静に戻った声が、鉄華を呼び覚ますと、スナイパーはヘアバンドの羽を揺らして、奥に走っていった。








Special Thx @Iさん