鉄華がエンペルーム前の防衛ラインを通過し、戻るまで数十分。
 軽く息を切らせ、部屋を見渡す―――より早く、目を開いて刮目した。
 部屋の中央、金色に輝くエンペリウムがある。ハイエナギルドのマスターであるクラウンが、通路の縁に腰掛け、笑み。
 だが対照的に、渦樹や他数人のギルドメンバーは、臨戦体勢だった。
 鉄華とメンバーの間、青いポニーテールの後ろ姿。赤いボンネット。
 アルケミストの青味がかった上着に、手にはナイフを握っていた。フォーチューンソード。俗に運剣と呼ばれるものである。
 カートは引いていなかった。
 背中に向けて、鉄華は弓を構えた。じっと狙いをつけ、様子を伺う。
 すぐさま射撃をしないのは、あのアルケミストが避けた場合、エンペ前のメンバーに当たる可能性があるからだ。
「ただのアルケミストが、何の用だ」
 口を開いたのは渦樹だった。
 アルケミストは答えず、短剣を懐に収めた。
「目的はただひとつ」
 聞いた事のある声が、静かに発せられる。ややくぐもった声。
 背中からは分からなかったが、仮面をつけていたらしい。それを取り、アルケミストは床に落とした。出来の悪い、ゴブリンの仮面。
「うちのいちにゃを…」
 上着を掴んだ錬金術師の手が、勢い良く上着を宙に放った。次いで赤いボンネットの下から、ぴょこんと出てくるウサギの耳。
「返してもらいに来たウサーッ!」
 吠えた錬金術師―――いや、アルケミストではない。アルケミストの服で変装していたアサシンクロスだった。
 一瞬、渦樹が驚いた表情を見せるが、表情を引き締めた。
「…リィン。条件を飲んだのか? 報告は来てないぞ」
「マスターを殺す必要なんてない。あのマスター倒すの、ちょー大変だし…」
 ウサギ耳がしなしな、と力を失うが、直ぐ様しゃきーんと立つ。
「いちにゃが助かっても、仲間いなくなったら嫌だ。マスターが死ななくても、いちにゃが死ぬのは嫌だ。だから決めた」
 裏切り者を抜き放ち、すっ、と突きつける。
「力づくで取り戻す」
「…くくっ」
 笑ったのは、エンペリウムの前にいるクラウンだった。
 メンバーらは、はっと注視する。
 道化そのものの、ふわりとした独特な動きで立ち上がり、微笑んで首をすこしかしげる。
「取り戻す…力ずくで? そうだね、それがこの戦いだ。これに不服あるものは、力を持って勝ち取りなさい…、と。国が決めてる。良かったね、渦樹くん。これを望んでたんでしょう?」
「…!」
 渦樹が目を見開く。それは鉄華も同じだった。
「君はそのアサシンクロスと戦いたくて、このギルドにやってきた。君のギルドはもうないし、ヒヨコのギルドをターゲットにした、このハイエナに混ざれば、戦う機会が出てくる」
「知って…」
「もちろん」
 相変わらずの、貼り付いたようなクラウンの笑顔に、心臓がびくりと動く。
「さあ渦樹くん、どうするんだい?」
「当然…、戦う。…だが、多数に無勢だな? リィン」
 四方八方を敵に囲まれた状態で、リィンはしかし首を横に振った。
「来れ同胞、集え。同じ旗はここにある」
 アサシンクロスがそう呟くのと、ほぼ同時。部屋が眩しい程光った。
 それは幾つもの、光の柱だった。
 やがてそれらは、一つ一つ、人の形を取る。
「な…ん…?」
 それまで黙って見ていた、セージのナズカは、流石に口を開いて驚いた。
「え、エマージェンシーコール…!? 何故あいつが!」
 取り乱した渦樹が、杖を落としそうになる。
 ヒヨコギルドのマスターは、デコ頭のパラディンのはずだ。リィンは確かに、ヒヨコのエンブレムをつけている。エマージェンシーコールはマスターしか使えないはずなのに。
 何故、何故だ。
 戸惑う内に、アサシンクロスの周囲には、同じエンブレムをつけたヒヨコのメンバーらが、ずらりと揃っていた。
「全く、やっと出番ねえ」
「なきゃ困る。この数日、上納地獄だったからな! おいブラギ!」
 ヒヨコのメンバーらが、口々にそんな事を言う。攻城戦で何度も顔を見たことがある、熟練のハイプリースト、ハイウィザード。
 まさか、と渦樹は一つ、思いつく。
「偽装、ギルド…!? この短時間でエマージェンシーコールを取ったのか!? 最短で上納350Mだぞ!?」
 メンバーをマスターの所に呼び寄せる、緊急招集は、現在の攻城戦の主要スキルである。効果が大きい反面、効果で出るまでに時間がかかること、取得までに、メンバーの経験値上納が必要、といった条件がある。
 取得の前提は、正式ギルド承認Lv1・ガーディアン研究Lv1・ギルド拡張Lv5・臨戦態勢Lv1・激励Lv1。そして緊急招集を取得すれば、必要になる経験値は350M。数日で達成できる数字ではない。
「深淵に潜む冷嶺、残酷なる王妃の吐息よ」
 ブラギの詩が響く中、確かな詠唱。落ちるストームガストの吹雪に、飛びのく者、凍りつく者。完璧な不意打ちだった。  中にはアンフローズン効果のついた服を着ていたために、そのまま沈む者も出た。何人かは耐えたらしく生き残る。
 吹雪で視界が悪くなり、反対側の鉄華が、腹の底から叫ぶ。
「渦樹ッ!」
「行かせない!!」
 ヒヨコメンバーの集団から、一人のチェイサーが躍り出た。青い髪にネコミミをつけた、可愛いチェイサーが、素早い動作で鎖を操った。投げられた鎖が、弓から腕に至るまでを絡め取る。クローズコンファイン。
「カートターミネーション!」
 絶妙としか言いようのないタイミングで、横合いから出てきたホワイトスミスの男が、スナイパーにいかにも重そうなカートをお見舞いした。
 拓けた前方を走り、エンペリウム前のクラウン目掛けてリィンが駆ける。カタールを構え、数歩先まで詰め寄り、跳躍の勢いを借りて振り下ろそうとした、瞬間。
 どこからともなく、一つの影が躍り出た。
「!?」
 青い髪、光のない目。
 バードの服。丸腰の詩人。
 しかしその顔は、大事な、とても大事な、あのウィザードと同じ顔。
「いち…や…?」
 違う、いや違う、一夜じゃない。
 一旦着地し、すぐさまカタールを構えた。
 一夜じゃないとしたら、双子の弟の方だろうか。顔は見たことがないが、双子の弟がいるのは知っている。とてもよく似ているとも。
 この匂いは一夜じゃない。そう、この匂いは…。
「やれるかい?」
 声は近くから聞こえた。バードに阻まれた、エンペリウム前のクラウン。
 にっこりと、この事態全てを楽しむような目。
 しゃり、とカタールが音を立てる。
「やれる」
 腕を水平に上げ、肘を曲げる。それは綺麗な黒い曲線を描き、目の前のバードを一瞬にして、真っ二つに割った。








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