そのアルケミストは、手に取ったものを見て表情を曇らせた。
「……こんなもの、どこで手に入れたんだ?」
 そう言われた当人は黙っていた。するとアミケミストは語調を強く、「一夜」とその魔術師の名前を呼んだ。
 一夜と呼ばれた青い髪のウィザードは、苦笑いになりきれていない表情を浮かべ、用意していた答えを言う。
「知り合いから貰ったんだ」
「なあ一夜――」
 息をついて、しかし真顔のままアルケミストが言う。
「非合法の媚薬だぞ、これは」
 言い聞かせるようなアルケミストのセリフに、わかってるよ、と心の中で呟く。アルケミストはなおも続けた。
「覚醒ポーションと成分は似てるけどな、かなり純度が強い。バーサークポーションを服用してる奴を、見たことがあるだろ」
 もちろんあるに決まっている。ついさっきだって、誘われて組んだパーティでそれを服用したローグの男を見たばかりだ。
 バーサークという名前は実にふさわしく理性など飛んでしまっているのか、ただただ、短剣を振りかざして敵を刻み込んでいた。
「知り合った女が持ったんだ。――で、同じものを調合してほしい」
「女の為を思うなら、止めさせたほうがいいぞ。サキュバスにでもなったらどうする? お前のほうが死んじまう」
「頼む」
 珍しく懇願する一夜に、アルケミストは溜め息をついた。
「俺の薬は自己責任。使って死んでも使わなくて死んでも関知しない」
 いつもの口癖を言いつつ、観念したようにアルケミストは手を上げた。降参、ということらしい。
「せいぜい淫魔にさせないようにな。並の薬よりずっと強いんだから、相当依存性高いぞ。薬は用法用量を守って正しく使うこと」
「……ああ」
 答えた一夜は、
 内心、冷や汗を覚えていた。


 もちろん、出所は女ではなく先日まで逢瀬を重ねていた男からのオクリモノ。
 愛してると呟いて俺を抱いたくせに、あっさり他の女と結婚し、姿を見せなくなった。端的に言うと捨てられたのだ。
 いや、そもそも付き合っていたわけでもない。俺は淋しいときに、彼はヤりたいときに、あの教会裏に行っただけ。約束もなかった。
 けれど、あの男が遺した薬の効果は絶大だった。もう会うことはないと分かっていても、俺と会うことはないと分かっていても、
 この薬の常習性にすっかり突き落とされた、俺の体は淋しがるばかりで。
 たちが悪いのは、それ以上に心が淋しいことだ――。


 最近、物好きの間で密かに流れている噂を耳にした。
 綺麗な顔のウィザードが、教会裏で夜な夜な男を咥えこんでいるらしい、と。
 それがまた、淫乱でマゾでたいした抵抗もしないらしいから、その手の嗜好を持つ男に大人気らしい。
 普段お高くとまって、嫌味すら感じるのが魔術師というやつだが、それが乱れに乱れるらしいから、そう、それならば俺の欲求不満も解消してもらおうと、その教会裏まで出向いた。
 暗い中、目が慣れるのを待って裏に回りこむ。昼間には良く来る場所だ。暗いからといって不自由はないし、ハンターほどではないが目は良い。
 弱々しい声にいつからだろうか、気付いた。甘い色っぽい、喘ぎ声。
「ん、あ……は……」
 吐息は一人分。どうやら自分で抜こうとしているらしい。小さく震える声を聞きながら、暗い中歩み寄り、その魔術師の前に立った。
 失笑せずにはいられなかった。
「はは……、本当に居たな。淫乱なwiz様?」
「……れ、ら」
 誰だ、とでも言いたいのだろうか。教会の壁に凭れながら緩めた衣服から出しているものを扱く手を止め、ウィザードがこちらを見た。
 快楽に流されて、目はこちらを見ているようで見ていない。青い髪に似合う深い黒のような藍色の目が、思いの他、俺の心を掴んだ。
「夜な夜な淫靡な行為に耽るアナタの、懺悔を聞きに来てやった親切なプリーストですよ?」
 そう言いながら、不良神父って言われてるけどな、なんて胸中で毒づく。
 しゃがんで目線を合わせると、そいつは特に目を逸らさず、とろんとして定まらない目で見てきた。
 ふと足元に転がる瓶に気付く。中身はまだ少しだが残っていた。薬に逃げるほど体が淋しいのか。それとも、そうしなければ誰かを誘えない性格なのか。
「かわいそうになあ? 行きずりで慰めてくれる奴はいても、全然満たされてない訳だ」
 先走りで濡れているものを、そっと掴んでやる。だが動かしはしなかった。いつまで経っても手を動かさないのに焦れたのか、早く動かしてと手を被せてきた。
「まだ何もしやしねえよ。何もせずに、与えられると思っちゃいねえよな」
 手を無理矢理放し、俺は自分のモノを指差した。
「まずはそっちから舐めてもらわないと。な?」
 にっこりと笑い、「やれ」と戸惑う彼の背中を押した。腰を下ろし、俺は自分の一物を取り出す。ここまではサービス。
 魔術師は舌を出し、最初は先端から舐め始めた。浅く咥え、舌をねっとり絡ませながら深く咥えて唇でカリを擦る。
「ん、んう、っふ」
 くぐもった声が響き、聞きようによっては喘ぎ声にも近い。水音が生々しく、犬か猫がミルクでも舐めているような音だった。
 動物にするように頭を撫でてやり、耳の後ろを指でくすぐった。彼が喘ぐと、吐息が咥えてる俺のモノにかかって、めちゃくちゃに効く。
 柔らかい唇が、裏の部分を刺激してくる。流石に気持ち良い。喘ぎ声を出しながら、彼が俺を見上げてくる。
 やばい、かなりエロい。確かに綺麗な顔をしていた。
「……、っそこまで」
 息を詰めてそう云うと、彼の髪を掴んで引っ張った。横に落ちていた、彼のものだろう魔術師の一般的なマント。その上に押し倒し、決して厚着ではない服をまくしあげ、ズボンは下ろした。
 膝の裏を押し上げて、膝が胸につくほど足を開かせる。正直これ以上焦らす余裕がなく、指は自分で舐めた。
 そういえば、と瓶に残っている液体をかけてやる。
 緩んで、開いてを繰り返している後ろの穴に、指をゆっくり沈めた。
「んぁ……」
 ぴくぴく足が動き、体と声が震える。もう腰を振っているのには笑うしかなかった。今まで出会った魔術師というのは、大なり小なり自尊心が高く、こんなに滑稽な様を見せたこともなかったから。
 太腿を指先でなぞってやれば、荒い吐息が誘いをかけてきた。冷たい石でできた地面に手をつく俺の腕を、軽く掴んでくる。
 欲しいとばかりに、ほんのすこし服を掴んで引っ張った。
 寧ろ堪えきれなかったのは俺のほうで、もっと焦らして遊んでやろうと思った当初の考えは、すっきりと消え去っていた。
 そのあまりに控えめなアピールに理性が吹っ飛んだのか、気付けば力任せに彼の中に押し進んでいた。
「う、あ、ああぁぁぁ……っ!」
 些か強引だったが、ろくに解してもいなかったそこが軋んで締め付けてくる。足が引き攣るような動きをするのが哀れだったが、同時に嗜虐心も煽られた。
 涙が零れそうになっている彼に顔を近づけ、息を吐いて更に押し込む。その度に嬌声が響いた。
「……うん、こりゃあ、……たいした、もんだよ」
 切れ切れに言葉を吐き、横を向いている彼の顎を掴んで顔を見た。流れた涙の跡があった。
 痛みからか快感からなのかは分からないが、彼が俺の下で身体を揺する。締め付けと緩みが繰り返されるのが、やばいくらいキく。
 言葉で苛める必要はなかった。何を言ったって、彼にはもう聞こえてなんかいない。
 両手を捕まえて自分本位に揺すってやれば、身体が喜んでいるのか、甘い声を漏らしながら相手も腰を揺らしてくる。
 さすがに抱かれ慣れているようで、恥らう仕草よりは敢えて恥ずかしい部分を晒して悦んでいるように見える。
 まあ、世間はそれを淫乱と呼ぶ訳だが。
「こーの、淫乱めが……」
「っあ、は」
 中をひくつかせながら、腰を夢中で振る男の顔を見る。どこも見ていないその目を見ながらトドメを刺した。
 彼に、というよりは自分に。


 朝になると、決まって後悔する。
 少し前までは、自分は決して快楽に流される人間ではないと思っていたからだ。
 夜毎の行為を思い出す度、はしたない自分を一夜は責めた。
 冬も近くなってきたことだし、毎度朝早くにマントに包まったまま教会の裏で目を覚ましていては、さすがに風邪でも引くだろう。
 それに身体も痛い――はず、なのに。
 気がつくと、そこは冷たい石畳の上……ではなかった。暖かいベッドの中で、人と陽の匂いがするシーツが掛けられている。
 服もしっかり着ているし、マントは隣の椅子の上だった。寝起きでぼんやりしつつ、そのマントを取ろうと手を伸ばす、
 瞬間、誰かの腕が腰を捕らえベッドに引きずり戻された。
「……だよ、あさ……らから……」
 小声でよく聞き取れなかったが、どうやら何かに抗議しているらしいのは口調で分かった。記憶がかなり曖昧だが、夕べのプリーストで間違いないだろう。
 だが、なぜ家にまで連れ込まれているのだろう。
「んだよ……」
 驚いて声も出ずに、じっと見ていたのが気に入らなかったのか、聖職者の男はそう問い掛けてきた。
 なお答えないでいると、面倒そうに寝癖のついた白い髪を掻く。
「悪いかよ……置いてきたら風邪ひきそうだから連れてきた。ここは俺んちで、他に住んでるやつはいねえからお持ち帰りしちまった。他に質問は?」
 ああくそ、目が冴えちまった、と零しやれやれとプリーストは一夜を見遣る。
「……な、名前」
「あ?」
 裏返った声での質問に少し目を瞬かせたが、すぐに男は笑った。
「ヴィス。螺子って意味のヴィス。発音には気をつけろよ魔術師。ウィザードなら問題ないと思うがな。で、お前は?」
「……宮城、一夜」
「そっか」
 あっさりと頷き、すりすりと一夜を抱き寄せてヴィスは目を閉じた。
「おい」
 一夜の抗議は虚しく数分後には寝息を立てる男に、仕方なく降参した。
 こいつ、目が冴えたとか言ってなかったか。
 寝顔を見ながら、そう心の中で思いながら。しかし動けないのと夕べの疲れからか、次第に二度寝の心地よさに、意識を奪われていった。








ヴィス:(vis)フランス語で螺子(ネジ)の意。