出会って十日。俺が彼について知っていることは多くない。
 名前は宮城一夜。職業はウィザード。念切りのINT=DEX二極。
 マジシャン時代は早くウィザードになろうと焦っていたのだという。念を切って40転職にしたことを今ではかなり後悔していると言っていた。
 魔術師の多くがそうであるように、自尊心が高い。かと思えば猫が好きで、たれ猫を抱いて寝たりする面もあった。

 そして、狩りのスタイルは、貪欲……。


「何というか、落ち着いてきたな」
「何が」
「狩りだよ。お前、かなり際どい動きするからさ」
 首都に帰り、先の事を思い出してそのプリーストは言った。名前はヴィス。螺子を意味する。
 場所は定番の時計地下二階だ。通称「廃屋」と呼ばれるオークと虫の棲家だった。ハイオークと廃屋をかけているのだろう。
 際どい動き、とは言いつつもこの魔術師は魔術師なりに計算の上で動いているのは分かった。
 致命傷を受けることはそうそうなく、白ポーションは欠かさない。ハイオークども集めたと思いきや、詠唱が完了しすでに展開されているストームガストで一網打尽にする。
 ヴィス自身もVIT型であるから、危機に陥ることはなかった。連携が取れて、相棒の動きが分かれば苦戦もない。
「十日もやってれば、落ち着きもするだろう。温いなら次は城に行くぞ」
「城かあ」
 この際どい動きを、グラストヘイムの古城でされるのは少し心臓に悪い。が、確かに効率は出る。
 ふう、と一夜が息をついた。西日に軽く目を細める。
「まあ、もう日も暮れる。暗くなる前に帰るぞ」
「夕飯どうするよ? 食材使いきったんだろ。なんか食って帰っても……」
「あのな」
 一夜がぎらりと睨んだ。ずいっと顔を寄せる。顔半分ほど身長が低い魔術師の彼は、ヴィスを下から睨んでくる。
 顎をつきだすようにしてる、その顔に口づけたくなるが、往来で暴れられるのは避けたい。以前、気持ち悪いほど早いユピテルサンダーで延々ノックバックさせられたことがある。
「だらしのない誰かのせいで、思いのほか生活費がやばいんだ。我慢して家飯にしろ」
 やべ、と目線を反らす。面白がってインジャスティスカードを買ったのを思い出した弱みがあるため、降参ほ示すように両手を上げた。
「分かった、まかせた」
 それでいいんだ、と一夜は嘆息した。
「俺は所用を済ませて帰る。食材は買っておけよ」
「はいはいっと」
 必要なものを聞き、さっさと歩いて去っていく一夜の背中を見送る。
 青くて短い髪。猫っ毛らしく、自分のそれより細くて柔らかかった。あの感触を思い出す。
(まあ、押し倒しでもしないと触らせてもくれないけど)
 そんなことを思いながら、買い物のために別の方向へと歩き出す。そういう雰囲気に持ち込まないと手も触れさせてくれないのは、単に恥ずかしいからなのか、それともこちらのことが嫌いだからなのか。
 いや、嫌われていたとしたら同居もしないだろう。あんな条件を飲むとも思えない。
 手先は器用だし、複雑なスペルもあっという間に紡いでしまうが性格は不器用そうであった。嫌なのを隠していられそうな感じでもない。
 それにしても、あの不器用さはどうにかならないものか。この十日の間、支援の代償として押し倒したことは数度。
 抵抗はなかった。驚くほどに。しかし受け入れられたと言っていいものか。
 支払うべき代償だから、と義務で抱かれているようでどうにもバツが悪い。そう仕向けたのは、間違いなくヴィス自身なのだが。
 薬のひとつでも飲まねば、矜持が許さないのか。そんな様子を見ていると、もっと酷くしてやるつもりができなくなっている自分がいるのだ。
「おい」
 物思いに耽りながら野菜を買い、去ろうとするのを呼び止められた。
 背後からのその声に振り返り、抱えた野菜を落としそうになる。
 鈍く光るコインを一枚こちらに突き出してるのは、所用があると言って別れた一夜その人だった……の、だが。
 なぜか彼は、バードの服だった。
 こちらが一向にコインを取らないので、不審そうに再度「ほら」と突き出してくる。呆然としつつ受け取り、財布から一枚、ゼニー硬貨が消えていることに気付いた。何時の間にか落としていたらしい。
「なに見てんだ。聖職者のくせに礼も言えないのかよ」
「あ、ありがとう。気づかなかった」
 露骨な言葉にも思わず素直に反応してしまう。猫っ毛である青い髪も、深い紺色の目も、確かに彼のものである。眉を寄せてこちらを見る顔も。
 しかし、何故バードの服を着ているのかが分からない。まさか副業で詩人もやっているのだろうか。
 彼が歌を歌うところなど、想像もできない。しかしきっといい声で歌うだろう。魔法のスペルを口にする彼を思い出し、案外アリかも、などと思う。
 詩人、詩人ね。俺だけのために鳴けばいい。
 それにいつもと違う服は確かになんというか、見ていてドキドキする。ただ服が違うだけで、こんなに違うものなのか。

 あ、やばい。

 そのことに気付いたときには、厚着の服を着た彼の腕を掴んでおもむろに走り出していた。
 売れ残りをカートに積んで店をたたんでいる野菜売りが不審がったが、構わず引っ張る。
「おい、なにすんだよこの……」
 抵抗はあったが、構わず引っ張り路地裏に入る。冷たい石壁に一夜の身体を押し付ける。
「なあ、頼みがあるんだけど……」
「は?」
「したい」
 至極真剣にそう言った。
 まさか服が違うだけで、こんなに興奮するとは自分でも思わなかった。ましてこんな、いつもよりずっと厚着なのに。
 このお願いも、彼には拒めないのを分かってて言っているのだから、自分で卑怯だとヴィスは思うが、
 許せ、男の欲求は単純にして一瞬のうちに表れるのだ。
「なにを?」
 素直に驚いた様子で、目を瞬かせ、そう訊ねてくる。隠しても意味はないのでばっさりと言い切った。
「セックス、してえ」
 相手の目が、それを聞いてひどく見開かれた。最初は茫然と、その言葉を頭の中で繰り返して飲みこんでいたようだったが、段々と表情を険しくさせる。
「断る」
「……え?」
 ヴィスの予想をあっさり裏切り、一夜は一言で拒絶した。
 待て。約束が違わないか。
 呆然とするヴィスを尻目に、相手は溜め息をひとつ。
「大体、なんで俺がアンタの性欲処理に手貸さなきゃなんねえんだよ。分かったらどけ、この変態プリーストめ」
 ナイフでぶっ刺すぞ、と強烈な脅しを受けてがっくり肩を落とした隙に、石壁とヴィスの間からすり抜けた彼をあわてて振り返る。
「一夜!」

 振り返る彼の顔を見たらもう、だめだった。
 元々身体目当てだったし。俺のほうを見ていないのは分かっていた。
 それでもこの十日で少しだけ俺のほうに傾いた心が、今離れていく気がして。
 もしかして、これは。ああ、そうなのかも。

 唐突に確信した言葉を言おうと、形振り構わず背中から抱きしめると、ヴィスより先に一夜のほうが聞き返した。
「……一夜?」
 と。
「好きだ……って、え?」
 妙な反応だ。そう思うのも束の間、数秒後には抱きしめたその人が肩を震わせはじめた。
「…………抱きつくな変態!」
 今までで一番の怒気を含んだ声がと腕がヴィスを突き飛ばした。無様に倒れることはなかったが、何か言うより先に、目の前のバードの服を着た男が口早にまくしたてた。
「よく聞けよこのクズ変態! 俺は双夜……宮城双夜! 一夜と一緒にするんじゃねえ!」
「そう、や」
 ぽつりと呟き、怒り絶頂のバードを見遣る。人面桃樹だってこんなに怒ったことはあるまい。
 つまり、そうか。
 俺は人違いをしたのだと、ヴィスはようやく気付いた。
 血縁者なのは間違いあるまい。まるで番いの人形のように、どこまでも瓜二つ。恐らくは双子だ。
「分かったらてめぇでマスかいて帰れ! この変態!」
 変態と何度聞いただろうか。そのバード……双夜は、そうして吼えると、顔も見たくないという風に去っていった。
 しばし呆然としてから、買った野菜を商人の前に忘れてしまっていたことを、ヴィスは思い出した。