俺は絶対靡かない、なんて言ってはいたが。
 実はこいつ、もうとっくに手元に落ちてるんじゃないか、と思う。
 …自惚れかもしれないけど?


「、なあ、もう」
「まだダメ」
 何時かは分からないが、夜更けには間違いない。
 時間がわからなくなるほど、この同居人を抱いて、もう彼は声を出すのも辛そうだった。魔術師なんだから体力がなくて当然だ。
 本当は、声が嗄れるほど抱くのは良くないことだ。声が出なきゃ、呪文が唱えられない。ウィザードの彼にとっても、プリーストの俺にとっても、声は最大の武器にして、最高の盾なんだから。
 先にイった彼の中で、とりあえず数度動いて自分も達すると、汗だくのままで抱きしめた。こうすると大体、照れ屋なこのwiz様はそっぽを向く。
「いい加減抜いてくれ、頼むから…」
「そうだなあ…」
 この自尊心の高い魔術師に、普段なら拝み倒しても言ってくれないような、恥ずかしいセリフの数々を言わせたのを思い出す。
 最近抱いてる間くらいは、俺のことをねだってくれるようになった。頑張って最初は耐えるものの、元々体力がないため、大体最後は我慢できなくて「欲しい」と口にする。
 まあ満足か、と彼の中から自身を引き抜くと、腕の中で同居人が呻く。
 未だに相方ではない―――と思う。多分恋人でもない。身体は重ねても、彼がこちらの「好き」を、言葉ではっきり、受け入れたことがない。
 それはただの照れ隠しなのか、身体と狩りの関係だけを望んでいるのか。問い詰めるのも情けなくて、「俺の相方だよな?」とは聞いていない。
「ヴィス、暑い」
 離れろと言いたいのだろう。俺の名前を呼ぶ魔術師は、一夜という。そんな一夜をわざと抱きしめ直して、離れるもんかとアピールした。
「可愛かったなあ、お前。孕ませたいくらい」
「馬鹿」
「人として、というか男として当然の欲求だと思うんだけどな」
 割と本気でそう言い、表情を窺うと、少し照れくさそうな顔を見せた。
 相手を自分に繋ぎとめる手段として、子供を孕ませるのはかなり効果的だと思う。相手が望む望まないかは、さて置いても。
 実際、こいつが男じゃなくて女ならば、それを本気で考えたかもしれない。
 キスしようと顔を近づけると、やはり恥ずかしそうに一夜は目を逸らした。それを見て、ふと思い出す。
「そうだ、すっかり忘れてた」
 むくりと身体を起こし、ベッドの脇に落ちている上着を探ると何かを取り出した。ようやく俺が離れて自由になった一夜が、上半身を起こして燭台に火をつける。気だるそうな顔で俺を見た。
 するりと紐のように細長い布を、上着から取り出した。何の特徴もない、ただ黒いだけの布で出来た目隠し。いや、一応先のほうに金具がついてはいるか。
 それを一夜の頭に巻いて、後ろで結ぶ。
「おい…見えないんだが」
「それ、プレゼントな。どっかの照れ屋なwiz様は、キスも恥ずかしがるようなんでね」
 そう云うと、一夜の両肩をそっと捕まえて口付けた。啄ばむくらいのキスが抑えきれずに、また彼を押し倒して首筋や鎖骨のあたりにも、何度も口付けた。
 途端、
「ッ、」
 鋭く息を詰める声…というよりは空気。俺の腕を掴んだ一夜が、何かに耐えるように腕に力を入れていく。
 いくら力がないとは言え、爪を立てられれば当然痛い。尋常じゃないものを感じ、慌てて行為を中断すると、顔を覗き込んだ。
「おい、大丈夫か?」
 とにかく何か、苦しそうなのは分かった。―――というより、それしか分からなかった。
 どこか怪我をしている訳でもない。外傷を治すのはアコライトやプリーストの本領だったが、それが見つからない以上、どうしようもない。
「み、ず…、一杯で、いい、から…」
 一夜の言葉に、とにかく何度も頷き、自身に速度増加をかける。グラスをひとつ選んで水を注ぐと、バタンと何かが落ちる音がした。水を持って慌てて戻ると、目隠しを首まで下ろし、ベッドから落ちたらしい一夜が床の鞄を漁っていた。
 錠剤の入った瓶を掴み、相当痛むのか、慌てて蓋を捻り開ける。俺の用意した水で錠剤を飲み込むと、凭れるものがなくて俺に寄りかかった。
 彼が俺に寄りかかるなんて、初めてだった。
 落ち着くまで数分。それを待って、多分、一夜も聞かれると予想しているだろう質問をぶつける。
「どこか、悪いのか」
 言いにくそうに、一夜が顔を背ける。
「時々調子悪そうだったけど、なんなんだ、一体」
「…自業自得ってことさ」
「あ?」
 柄悪く聞き返すと、一夜はまだ半分ほど残っていた水を飲み干した。
「今まで無茶狩りしすぎた。元々身体丈夫じゃないんだ、俺は。多分身体に少しずつ負担がかかって、―――心臓、やばいんだ」
「…おいおい、それって」
 今までずっと狩りしていたのだ。彼の強くなりたいというご希望どおりに。
 確かにダメージすらもろともしない、無茶な狩りばかりだった。決して装甲の厚くない魔術師の身で、肉を切らせて骨を絶つ戦法は、あまり褒められたものではない。
 しかしそれも、ひとえに強くなりたいと願う心の表れだと、黙認してきた。
「別に、今すぐ死ぬわけじゃない。目的を果たすまでの時間はある―――」
「目的って―――」
 聞こうとした俺の目を、一夜が鋭く見つめた。
 聞くな、と。
 たっぷり秒針が一回転する間、その沈黙は続き、先に折れたのは俺のほうだった。重く、溜息。
「わかった、けど明日の狩りはお休みだ。俺は適当に稼ぎに行ってくるから、お前は寝てろよ。いいな?」
「……わかった」
 返事をしたのに満足し、すっかり汗が冷え、寒くなった自分の体に上着をかける。羽織った上着をそのままに、すぐそこにあるソファに寝転がった。
 同居人を迎え入れてから、行為の後、そのまま一緒にベッドで寝る時以外は、気を使ってソファで寝ていた。
「……ごめん」
 とっくにこちらが眠ったと思ったのだろう。一夜が小さい声でそう言うのを、聞いた。


 夕べ…、いや、今朝言ったとおり、一夜は丸一日休むことに決めたらしい。
 大体にして、あの魔術師は狩り過ぎなのだ。この世は狩りが全てではないのに、ひたすら上を望む姿は、まるで痛くない刃物で身体を削っているようだ、と思ったことがある。
 それでも、彼は彼の目的があって、俺のような不良神父の手まで借りて昇り続けた。
 少し位休んでも、決して罰は当たるまい。
 一夜がプライベートな時間で何をしているかは、実はよく知らないが、俺はというと大体外をブラつくことが多かった。
 露店巡りをしたり(そして金を使い込んで怒られる)、知り合いの所で取り留めのない話をしたり、プリーストが必要な臨時のパーティに入ったりと。
 知らない人間と狩りをするのは好きだったりする。首都の南、臨公広場に行って看板を眺めた。
 退魔師としても支援としても中途半端なため、肩身が狭い思いをすることも、ままあった。
「なあ、そこのプリさん」
「んあー?」
 若い男の声に振り返ると、黒い髪をしたアサシンが立っていた。
 知らない顔ではある。しかし場所柄、全くの他人に声をかけられてもおかしくない。ここは、そういう場所なのだから。
 それによく見れば、どこかで見たことがあるような顔だった。よく臨時に参加しているアサシンなのかも知れない。
「暇してるならさ、俺たちとどっか行かない? なかなかプリさん捕まらなくてさあ」
 俺たち、と言う言葉に、アサシンの後ろを見遣る。女のウィザードが気弱そうに会釈をした。なるほど、頷く。
「別に構わねえけど、場所は?」
「古城とかどうよ?」
 古城なら慣れたものだ。いつも一夜と行くため、新鮮味は薄いが、その分気張らなくていい。初対面の面子での慣れない場所は、回復役としてはなかなか不安なものだ。
 軽く談話をすると、アサシンはソロでの狩りに飽き、ここのところよく臨時パーティを探しているらしい。ウィザードはウィザードで、ヴィスと同じ、慣れたところでないと不安なのだという。
 そんな肩の力を入れなくていい面子を気に入り、パーティを組むことを承諾すると、とりあえずゲフェンへのワープポータルを開いた。

 その後ろで。
 アサシンがにやりと笑ったのに、ヴィスは気づかなかった。