募)GM 公平○ Gv△ Lv不問


 一人また一人と、同じギルドの仲間は消えていった。
 それは必然だったのだと思う。永遠に生きられないのと同じで、ずっと冒険者をやることも、同じギルドの仲間でいることにも終わりがある。ただ楽しいから忘れていただけだ。
 何かの理由で故郷に帰る奴や、移籍した奴、そして死んだ者たち。理由は様々だったが、人が減り、ついに解散となるのはよくある話だ。
 無くなったギルドを想って一人で暫く呆然と狩っていたが人恋しくなり、新しいギルドに入る事を決めた。こちとら支援プリーストで、ソロではどうしても行き先が限られるのも辛かったのもある。  首都の南でギルドメンバー募集の看板を眺めていると、愛くるしいドロップスのエンブレムが目に入る。人の良さそうなパラディンが立てている看板を叩き、話を聞いた。
 そうしてすんなりと話しはまとまり、「じゃあ仮加入で」と溜まり場を紹介された。
「というわけで、新しく加入することになったプリのイクス君だ」
 軽く会釈をすると、その溜まり場――モロクの南側にあるテントの中――にいたメンバーらがこちらを見た。「どうもー」「よろしく」といった挨拶と笑顔が俺に向けられる。
「レベル高いねー、95だって」
「支援さんなのかな?」
「VIT支援です」
 無難だが、答え易い質問にそう返す。するとハイウィザードの女が、にこりと微笑んだ。
「わたしと今度狩り行って欲しいわぁ。このギルド、90台のプリさん少なくて。時間合わないのよねえ」
 隣のハイプリーストが「悪かったな」と苦笑する。転生したばかりで組めなくなってしまい、90台のプリーストが少なくなってしまったのだという。
「まあまあ。今80台のメンツで城なんだろ? すぐ組めるようになるさ」
 テントの奥に座ったマスターがリンゴジュースを啜りながら言った。それに倣い、俺も座って一息つこうとするとバタバタと足音が響いてきた。
「マスター! ただいまあ、きいてよおおお!」
 真っ先にテントに入ってきた小柄なプリーストの女が、俺の横で杖を振り回す。頭に当たりそうで少し距離を取った。
「おかえり、どうした?」
「もう! 危うくリルに、轢かれそうになったわ!」
 憤慨したそのプリーストは、尚もぶんぶんと杖を振り回す。少し遅れてバードにウィザード、そしてもう一人プリーストがテントに入ってきた。
「いつものことじゃないか、少しは上がったか?」
「まあね、85になった!」
 小柄なプリーストが胸を張り、ようやく杖を降ろした。急に増えた面子に頭が混乱しそうになりながらも、一人ずつ顔を眺める。
「新しい人が入ったよ。まだ仮加入だけどね。――で、リルはどうしたんだ?」
 マスターが俺にもリンゴジュースを勧める。そして先のプリーストの女に尋ねた。
 ああ、と小柄なプリーストは一息ついて、
「鎧と兜壊されて修理に行ってる。バカだよもう。鎧は芋服貸したんだけど、兜壊れたまま続行するんだもん」
「深遠の後にオーガまで沸いたもんなぁ」
 辛辣な言葉にフォローを入れるように、バードが苦笑して言った。
 マスターが俺の表情に気付き、すかさずフォローを入れる。
「イクス君とも組めるはずだよ。93のロードナイトでね。シリルというんだ」
「かわいい子だよ」
 他のメンバーが茶々を入れ、俺は少し顔を赤くした。ロードナイトと聞き、あのミニスカをすぐさま思い出す。
 その時、ペコペコの例え難い足音が近づいてくるのに俺は気付いた。ストンと地面に降り、足音が近づいてテントを覗き込む。
「あ、おかえり。ちゃんと直った?」
 女プリーストからは姿が見えるらしい。そう尋ねると、
「うはwwwwwwwwwwwwおkwwwwwwwww」
 へらっと笑いながら、赤い逆毛をしたロードナイトがテントに入ってきたのである。しかしそれはミニスカの女性ロードナイトではなかった。男だった。
 思わずジュースを吹き出しそうになるが、それをなんとか堪え、数秒かけて飲み込んだ。
「おkwwwwwっをkwwwwwwwwww」
「俺wwwwww狩りいてくるwwwwwwwwみwなwぎwっwてwwwきwwwwたwwwwwwwww」
「ちょwwwwww清算wwwwwww」
 さらにギルドメンバーらも、ノリ良く同じように笑いながら喋り出すのである。
 圧倒され、唖然と口を開けた。なんだこのギルドは。このロードナイトは。
 どこが女だって? 可愛いって? 一瞬でも照れてしまった過去の自分を叱咤していると、にこにこと見守っていたマスターが落ち着いてと手をひらひらさせる。
「まあリル、落ち着け。新しいプリさんが入ったぞ。イクス君だ」
「うはwwwwwwwwwwwプリキターwwwwwwwwっうぇwwwwwwよろwwwwwwww」
 この時点で血管が破けそうになるが、なんとか……そうなんとか、俺は落ち着いた素振りで軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「っうぇwwwwwwwおkkkkkwwwwwwwwwww」
「公平組めるようだし、仲良くしてやってくれ、イクス君」
 マスターが笑顔で言う。このマスターも只者じゃない。
 ギルド選びを間違えたかもしれない、と俺は思わずにはいられなかった。


 可笑しいのは、結局正式加入が決定したことである。
 あの逆毛頭のロードナイトはともかく、そのギルドのメンバーらはそれぞれ何処か個性的ながらも気前が良く、付き合いやすい者達だった。
 人との触れ合いに飢えていたのかも知れない。結局居座ることに決めのだ。
「イクスくん、これあげるー」
 ギルドの中でも人一倍元気な……端的に言ってしまえば、やかましいプリーストの女が、そう言って何かを差し出した。
 確か名は、優李といった。ゆうり、と読むらしい。小柄でいくつか年下な彼女の手は、俺のものより大分小さい。
 溜まり場のテントの中は、夕方以降から途端に薄暗くなる。カンテラの光の下、優季から受け取ったものは幾つかのレモンだった。
「俺にくれるより、自分で使ったほうがいいんじゃないか?」
「沢山あるからいいよ。どうせリルとごつミノ行ったらまた出るもん」
 くるくるとレモンを指先で回し、子供っぽい笑みを向けてくる。
 あの逆毛野郎の名に、ぴくりとこめかみが動くのを自覚した。最悪な初対面だった。
「あのロードナイト……、いつもああなのか?」
「リルのこと? うん、初めて会ったときからあんな感じ。トレイン激しいしきっついけど、さすがに転生って感じかな。やっぱり組むと経験値は美味いよ」
「よく付いていけるな」
「ほんと、あんなにきついのによく無事でいるわ私」
 傍の木箱からリンゴジュースを取り出し、すすって一息つくと優季は肩を落とした。
「マスターの手前、仲良くしておかないとね。リルはマスターと一緒に、このギルド作った初期メンバーで仲いいのよ。それに誘わないと、ずっと時計に引き込もってるんだもん」
「ああ……、バースリーとかハイオーク狩りか」
 やれやれと肩を竦め、プリーストは頷く。一息にジュースを飲み干した。
 どちらも槍騎士には定番の、というより定番すぎる狩場である。
「なんかへらへらしてるけど、ずっとソロって可哀想じゃん。だからイクスくんも、気が向いたらでいいからさ、ね? 誘ってあげて?」
 軽く手を合わせて、ちらりと上目遣いで見られる。
「わかった」
 そう返事をして、テントを出ようと立ち上がった。
 砂避けに閉じてある入口の布をまくしあげると、そこに誰かがいたのか、どすんと派手にぶつかった。。
「痛っ」
「ちょwwwwwおまwwww」
 入ってきた、件の逆毛ロードナイトにぶつかったらしい。鎧に頭を打ち付けて額がかなり痛いが、やはりリルはへらへらと笑っていた。
「こら。よく見て入ってこい」
「おkwwwwwwwっうぇwwwwwww」
 睨んで一言言ってやるものの、この調子である。げんなりして外に出ようとすると、
「リル、イクスくんが組んでくれるって。頼んでおいたんだから感謝してよ?」
「うはwwwwwwwwおkwwwww狩りいてくるwwwwwwww」
 優李がそう言い出し、リルが勢い良く返事をしたのだ。そうしてがっしりと俺の腕を掴んだ。
「おい待て、まさか今からじゃあ」
「みwなwぎwっwてwきwたwwwwwwwwww俺のwwwwwパイクがwwwwww火を吹くぜwwwwwwwww」
「もう夜になるぞ!!」
「おkkkkkwwwwwwwww」
 行くつもり満々のリルに困り、ちらりと優李を見る。いってらっしゃい、と彼女は軽く手を振った。
 なんだか嵌められた気がする。そう思っているうちに、馬鹿力のロードナイトにずるずると引きずられていった。


 ずっとソロって可愛そうじゃん、という優李の言葉に、少しの同情を寄せたのがいけなかったのか。
 結局狩りに行く事になり、真夜中のウンバラからニブルヘイムにやってきた。もっともこの街では、昼も夜もないが。
「いくぜwwwwwwwヴぉうりんぐwwwwwwwバッシュwwwwww」
「ボウリングバッシュかよ!?」
「うはwwwwwwガーターwwwwwwwww」
 ロリルリにブラッディマーダーとその日のニブル谷は沸きが良く、すぐさま囲まれた。槍でボウリングバッシュをする様はひどく異様な光景に見える。
 槍騎士とはあまり組んだことは殆どない。専ら魔術師や弓手と組むことが多かったのである。俺の槍騎士のイメージはブランディッシュスピアだった。俺はあまり詳しくないが、ボウリングバッシュにはガーターゾーンというものがあるらしい。時空が歪んでいるのか何なのか、当たるはずの攻撃が当たらないのである。
 すかっ、と宙を切る槍。ロリルリのあの痛い鎌がリルの腕を突き刺した。
「ちょwwwwwwww痛てwwwwwwwwww」
「ヒール! ヒール! ヒールヒールヒールヒーr」
 そうしているうちに、追加オーダーがやってきた。ロリルリとマーダーが一匹ずつ増え、絶え間なくヒールが必要になる。
 がりがりと減る俺の精神力は、既に大分削られていた。プリーストを経験した者ならば分かるだろう。ヒールは随分と精神力を消耗するのだ。
「おい、おいリル! 退くぞ、入り口まで走れ!」
「えwwwwwwwwなにwwwwwwwうごけなwwwwwwww」
 相変わらずの口調と表情で、リルがへらりと笑う。ヒットストップで動けないらしい。こちらも絶え間なくヒール。
「インデュア使え、振り切れ!!」
 痺れを切らし、そう言って入り口に飛び込んだ。少し走れば、谷にいる奴等は追ってこれない。だが、
 後ろからペコを走らせて追いついてくる彼を気にしつつ、逆に言えば前方不注意だったのがいけなかったか。
 前を見て、はっとする。
 白い鎧、物々しい盾と槍。
 そして取り巻きのロリルリ、ブラッディーマーダー。
「……あ」
 入り口で出迎えてくれたのはMVP、ロード・オブ・デスだった。
 その正体は、ニブルヘイムの主であるヘルの別の姿だという。
 何故村を出歩くのかは知らないが、彼女はロリルリとブラッディマーダーを取り巻いて歩く。彼女が闊歩している間は、何処からともなく辺りにディスガイズが沸く。
 杖をきつく握り、目を強く瞑る。そして開く。どうやら夢でも幻でもないらしい。くそ、と舌打ちの後、心の中で呟いた。
(こんな、村の外れまで来なくても!)
 誰かが引っ張ってきたのだろうか。竦む足をしっかり地面につけ、直ぐ様ハエの羽を握り潰そうとして、止める。
 リルを見捨てて行く訳にはいかない。……が、先の連続ヒールでかなり消耗しているのも事実だ。彼を待ったとして、倒すまで耐えきれる訳がない。二人で逃げれるかも分からない。
 やはり逃げるべきだったか?
 ぎらり、と敵どもがこちらを見る。ああ、もうだめだ。あのくそ逆毛のせいで、人生ここまでだ。
 MVPにご対面、という事態の原因が、概ねあの逆毛のせいだと思うと腹が立つ。
 槍を構えた、ロード・オブ・デスに先駆けて取り巻きらがこちらに歩を進める。
 最悪だ、こんな瞬間に限って速度もブレスも切れる。掛け直す暇はない。
「危ない!」
 誰かの声が、辺りに響いた。村にやってきた冒険者だろうか。
 その人物の姿形を確認するより先に、取り巻きらが一斉に吹っ飛ぶ。一撃で仕留めるほどの威力はなかったようだが、強いノックバックに取り巻き等は叫び声を挙げて吹っ飛んだ。
「イクス、……イクス! 速度! 俺だけでいい!」
 名前を呼ばれて振り返り、見遣る。
 赤い髪を逆立てて、振り降ろした槍で第二撃を加えようと予備動作をするリルがそこにいた。
 付き合いはごく短いが、いつもへらへら笑うだけの顔しか知らないそのロードナイトは、真剣そのものといった表情だった。
 眉根を寄せて、敵を見据える。もう一撃ボウリングバッシュ。

 ――なんだ、ガーターしてないじゃないか。

「イクス!」
 吹き飛ばし損なったブラッディマーダーらを相手にしつつ、白ポーションを一気飲みしたリルがこちらを叱咤した。
 びくりと体が震える。慌てて速度とヒールを回した。
 それを待っていたとばかりに、ペコペコに乗ったまま腕をこちらに伸ばす。腰まで回された手は力強く、軽々と俺の体を持ち上げてしまった。
 ぺちん、と槍の石突きでペコの尻を叩くと猛スピードで駆け出す。振り切るのは簡単だった。


「おい、……おい! 大丈夫か?」
 呆然としたままだったが、呼びかける声に、はっとする。
「どこか怪我したのか?」
 魔女の舘まで走ってきたらしく、酷い段差を登らされたペコペコは俺を乗せたまま、くったり座りこんでいた。
 そのペコペコの飼い主は、地面に降りた同じ目線からさも心配だという様子で俺を見ていた。
「あ、ああ。怪我はない、精神力が尽きただけだ、――が……」
「が?」
「お前、……言葉遣いが」
 逆毛語じゃなくなっている。
 そう指摘してやると、はっと気付いた様子でみるみるうちに顔を紅くさせた。
「うはっwwwwwwwちょwwwwwwwwww」
「…………」
 ひきつり笑いを浮かべながら、いつもの調子に戻るリルをじっとりとした目で見据える。
「お前、本当は」
「ちょまwwwwwwwww」
「その言葉遣い……」
「うはwwwwwwwwwwww」
「無理して喋ってるんじゃないか?」
「うはwwwおkwwww…………」
 ひきつった笑いが、心なしか涙目になる。
「ど、う、な、ん、だ?」
「そ、のとおりです……」
 がっくりと項垂れるリルを見て、俺は腕を組んだ。ひとつため息をついて問いかける。
「なんであんま真似を。初対面の印象は最悪だったぞ」
「し、仕方ないんだ。俺の前のギルドは、有名な逆毛ギルドで…」
 当然、全員が逆毛頭、逆毛語。何も知らずに剣士時代にそのギルドに入ったらリルは、瞬く間に逆毛に洗脳されたと言う。
 今のギルドに入り、普段は逆毛語ももう少し落ち着いてはいるが、生来のあがり性を逆毛語でカヴァーするようになってしまっていたのだ。
 新しいメンバーが入った時などは、逆毛語に拍車がかかるという。
「真相は分かった。これからは必要以上に、その言葉遣いにしなくていいだろう」
「それwwwwwwむりwwwwwwっうぇwwww」
「……何故」
「いや、だって……」
 俺が尋ねると、リルはくるりと背を向けた。
「お前がwwwwww好きにwwwなったwwwwwwwwwwwwwww」
 これも照れ隠しなのか、酷い逆毛語だ。
「…………は?」
 好き。まさかそんな単語が出るとは思わず、しばし呆然とする。
 そういえば俺が居る時は、いつも力一杯の逆毛語だった。俺が加入して間もないせいだろうと、先程までは思っていたが。
 まさか、惚れられていたからなのだろうか。
 一体いつから? それを隠すために、あんな態度を?
 そっと前に回り、リルの表情を見た瞬間、息を飲んだ。
 彼の顔は、先ほどの戦いの時とはうって変わり、
 真っ赤に、赤面していた。
 ぷっ、と軽く笑いすら込み上げ、口元を軽く抑える。くつくつと笑い声が洩れた。
「なんだ……、可愛いじゃないか」
 ぽつりとした呟きを聞き付け、リルが目を丸くして、瞬かせる。
 目は真剣だ。助けてくれた時の、あの目と同じ。
「…好き、ね」
 そう言うと、彼の額に軽く、キスをした。