俺には、あまり口にしたくない事実がある。
 最近、好きだと言われた。そいつは男だ。
 当然、俺も男だ。
 相手はロードナイトで、そして、

「ちょwwwwwwwwおまwwwwwwwwwwww」

 逆毛である。


「なんだ、うっとうしい。笑ってないで、さっさと準備しろ」
「ちょwwwwwwwヒドスwwwwwwwwww」
 赤い逆毛頭に、分かりやすいを通り越して、自己主張の激しい逆毛語。
 これから更に暑くなるだろう、モロクの大通りを追いかけてきたロードナイトに、俺は振り返って睨んでやった。
「狩りに行くんだろう。用意も出来てないとか言うから、カプラまで付き合ってやるんじゃないか。いいからキリキリついてこい、準備しろ」
 どうにも要領を得ないロードナイトの態度に、俺は苛々とロッドの先で地面を叩いた。黒いプリーストの僧衣は太陽の熱を吸収し、じわじわと身体を焼く気がする。なのでギルドがたまり場にしているテントで待っていたかったのだが、このロードナイト、どうにも行動が読めないので同伴するに至ったのだった。
 ロードナイトはへらりと笑ったまま、首を横に振った。
「狩りwwwwwwwwじゃねwwwwwwwww」
「違うのか?」
「wwwwwwwwwwwwwwwww」
 芝生の量に嫌気が射すが、これは彼の照れ隠しであることを俺は知っている。
 以前聴いた話では、一次職の時代に逆毛ギルドに入ってしまったのだという。髪型から喋り、立ち振る舞いまでしっかり逆毛教育を施された彼は、生来の口ベタでアガリ症なのを逆毛で誤魔化し……いや、フォローしているのである。
 ついでにこの逆毛、名前はシリル。女のような名前に騙されると、この逆毛頭と口調に泣きを見る。同じギルドに所属しているが、ギルメンは大抵このロードナイトをリルと呼ぶ。
 リルは少し考え、またへらりと笑った。
「やっぱwwwwwwwww狩りwwwwwwwwwwするwwwwwwwwwっうぇwwwwwwwww」
「なんなんだ……」
 呆れて肩を落とすが、狩りは好きだ。リルはVIT型の槍ロードナイト、俺はVIT支援プリーストであり、余程きつい狩場でなければ窮地には陥らない。
 このロードナイトは、逆毛語さえ気にしなければ気を使う必要がなく、共に狩りをするなら気楽なものだ。狩り場はニブルヘイムの谷が圧倒的に多かったが、少々背伸びかと思われる狩り場でも、嫌がる素振りを見せないのは評価していた。
「俺のwwwwwwwwwパイクがwwwwwwwww火をwwwww吹くwwwwぜwwwwwwwwっうぇwwwwwwwww」
「また谷な訳だな……」
「プリさんニブルwwwwwwwwwww」
 倉庫からリルが引き出したサンタポリンカード挿しの闇特化パイクを見て、やれやれと肩を落としながら、俺も倉庫で渓谷行きの準備を始めた。


「……ん?」
 同時刻、黒い髪のチェイサーがモロクの倉庫前にいる男のプリーストに目を止めた。年若い、男のチェイサーである。あちこちに毛先がはねている髪を抑えつけ、じっとそのプリーストを見遣る。
「あ、鴨ちゃんが地上にいる!」
 ギルドのたまり場になっているテントの前で、小柄な女プリーストがそう声を掛けた。彼女もチェイサーと同じ、ドロップスのエンブレムをつけている。
 チェイサーは女プリーストに向き直り、溜め息をついた。
「何だよ優李、俺が地上にいたら悪いのかよ」
「悪くはないけど珍しいよ。一回婆園に篭ったら、三ヶ月は出てこないじゃない。最後にモロクに帰ってきたの、いつだと思ってるのよ。ティルトくんが発光した時だから、春先で……やっぱり三カ月じゃない」
 女プリースト、優李はそう口を尖らせた。それにはチェイサーも返す言葉がないらしい。
「相変わらずうるせえなあ。まあ、婆ちゃんちは俺の家も同然だからな」
 チェイサーのカモノク―――通称・鴨は頭を掻いた。カモノハシに響きが似ていることから、鴨と呼ばれるのがすっかり定着してしまったのだ。もちろんきっかけを作ったのは、アマツ人の優李である。
 一年中、老魔女モンスターのバースリーのいる通称婆園に篭っているため、滅多に地上には姿を見せない。
 何しろアルデバランの時計塔地下に婆園はあり、行き来には移動が面倒かつ、鍵が必要である。一度篭れば、そのままずっと地下住まいなのである。
「それより優李、あそこの――」
 カモノクはカプラ前でロードナイトとやり取りしている、銀髪のプリーストを指差した。
「リルと喋ってるあのプリ、誰だ? うちのエンブレムつけてんじゃん」
「ああ、鴨ちゃん会ったことないんだね。少し前に……、ふた月くらい前だったかな? 新しくギルドに入った、イクスくん」
「プリ様が逆毛とやり取りできるとは、やるな。そうでなくても新人は中々、あの逆毛語に適応できねーのに」
「イクスくんはカタブツでプライド高そーだけど、根っこは凄く優しいよ。リルが逆毛やろーでも狩りに誘うし、支援もマメだし、変な差別しないもん」
「お前何気にひどいこと言ってないか」
「それにね!」
 カモノクの話を聞かず、優李は一拍置き、
「イクスくんはね、リルの好きな人なんだよ!」
 と高らかに叫んだ。カモノクは頭から手を離し、ぱちりと瞬きする。
「へっ……? なんだそれ、リルが恋人連れてきたってことか?」
「ううん。マスターがプロ南で募集看板立ててたら来たの。リルがすっかりイクスくんにお熱でね、誰が見てても分かりやすいくらいよ」
 カモノクはそれを聞いて、カプラの前にいるプリーストをじっと、遠目から見つめた。
 銀色の髪。体格は普通か。常に眉を寄せているし、女っぽいというわけではないのだが、男にしては整った顔をしている。
「ふうん……、んじゃあデキてる訳でもないんだな」
 呟いたチェイサーは、口元に笑みを刻んだ。


 ペア狩りは上々だった。
 リルはニブルヘイムの谷間が好きだ。トリオ以上ならば、ウィザードなどを加えて、の場所に行くことも少なくないが、ペアになると大抵谷で狩る。
 清算を済ませ、この日出たレアはロキのささやきという物体だ。奇妙な赤と青の結晶体である。
 魔剣作成に必要だとかいう話を聞いたことがあるが、俺は刃物を持つことが許されないプリーストであり、リルのエモノは槍だ。お互い必要ないため、ギルドメンバーのハンターにあげてしまうことで意見が合致した。影矢の材料でもあり、矢筒二つ分にはなるだろう。
 モロクのテントがたまり場で清算を終えたリルは、そのまま立ち上がり、くるりと赤いマントを翻して背を向けた。いつもなら他のメンバーと、ゆっくり談話して行くのだが。
「あっれ、リルもう帰るの?」
 まだ昼過ぎなのに、と続ける優李にリルは答える。
「明日はwwwwwwwww騎wwww士wwww団wwwwwwwwwっうぇwwww」
「ああ、プロに顔出しに行くのね」
 まるで翻訳するように優李が言って納得する。俺が聖堂に度々顔を見せなければならないように、ナイトやロードナイトもまた然りということか。
「夜までにwwwwwwwwwプロ入りwwwwwwwwwっをkkkkkwwwwwwwwwwwwww」
 颯爽とテントを出ていく後ろ姿に、優李や他のメンバーがいってらっしゃいと手を振った。ペコペコに乗って去っていく足音。入れ違いで見た事のないチェイサーがテントに入ってくる。
「まったく慌ただしいな」
「鴨ちゃんおかえり。どこ行ってたのー?」
「ちょっと一服しに」
 言うと、チェイサーは煙草を吸う仕草をして見せる。それから俺に向かって、にっこりと笑った。
「そっちが新しいプリさん?」
「あ、うん。さっき言ってたイクスくん」
「ふうん」
 じろじろと舐め回すような視線に渋面を作り、「よろしく」とだけ挨拶した。チェイサーは悪びれる様子もなく、「おっと失礼」と前置きして更に言った。
「よろしくプリさん。俺はカモノク。兄貴とこのギルドに厄介になってる」
「鴨ちゃんずーっと狩場暮らしだから、全然モロクに戻ってこないけどね」
 横合いから言う優李の頭をくしゃりと撫で。カモノクは苦笑した。
「せっかくモロクに戻ってきたけど、少し羽伸ばしたらまた暫く婆園だな。その前にみんなと狩りに行ってもいいけどさ。なあプリさん、あんたレベルいくつ?」
「名前で良い。レベルは96。I>V支援」
 ややそっけないイクスの回答に、カモノクは口笛を鳴らした。
「なんだ、組めるじゃん。俺93なんだよな。良かったらひと稼ぎいかね? D>V弓でいいならな」
「ふむ……」
 ギルドメンバーならば仲良くしておくに越したことはない。このチェイサーは癖がありそうだが、最初の印象で敬遠するのは良い事とは思えない。それにチェイサーとペア狩りをした経験は殆どないため、興味はあった。
「構わない。行ってみよう」
「じゃ、魔女砂狩りに行こうぜ」
 嬉しそうに、にっこり笑った黒髪のチェイサーに、イクスは頷いた。